『朱の桜』-7
朝が、来た。
視界に映るのは白い天井。
強い風にはためくカーテン。
規則的な電子音。
長く眠っていた気がする。
大事なアイツを置き去りにして、俺は……………。
空は差し込む朝陽と時折舞い込む桜の花びらを眺めた。
そして、胸の辺りにかかる重圧と、何かのむせる様な強い匂いに気付く。
「……………血の、匂い?」
僅かに呟き、重い首を動かした。
まず先に、自分の胸の上に頭を載せて眠っているウミに気付く。
あれ……………何で血塗れなんだろう?
「おい、こんなトコで寝んなよ……………」
俺は右腕で彼の頭を支えると、半身を起こそうとした。
しかし、肩と背中に走る強い痛みと重苦しい感覚に阻まれる。
それでも俺は起きあがり、ふと横の壁に目をやった。
「なん……………だよ、コレ」
壁の鏡に映るのは、ベッドの上の俺と、眠るウミ。
色素の薄いウミの素肌も、短く柔らかい黒髪も。そして、俺自身も。
……………真っ赤だった。兎に角全てが真っ赤だった。
切り裂いたウミの首から迸ったのであろう大量の血液が、俺を頭から全て濡らしていた。
白い筈のベッドも、鮮やかな朱色に染め上げられている。
今更と思いつつも、空は海の手首を握った。
……………やはり、脈はない。
「っはは……………マジかよ……、ははっ……………」
呼吸を止めてぐったりと横たわる愛しいそいつを見ていた俺は、ワケも判らず身体が震えた。
唐突に突き付けられた現実についていけないまま、血でべたつく頬を拭う。
なんとなく誰かを呼ばなきゃと感じたのか、おぼつかない指はナースコールのボタンを押していた。
「なんでだよ……………」
空は軋む腕を伸ばし、永遠に答えを返す事のない海を抱き締めた。
その細い身体は、激しい出血の分、いつもより軽かった。
その時、幾度も切り付けた跡のある彼の右足に目が留まった。
──────なんで、こんな……………。
思わず目の奥が熱くなりそうになって、俺は目を逸らした。
強く冷たい春風に運ばれ、桜が開け放たれた窓から吹き込んできて、部屋の中で舞った。
それは散らばった海の滲んだ血に張り付き、或いは血溜まりに浮かび、薄紅の色彩を継ぎ足していく。
緋と白の色合いの間で舞う桜の中、俺はただ強く海を抱き締めていた。
でも、彼を抱き締めるにはもう、遅かった。