『朱の桜』-4
「今日の部活動は全面的に陸上部休みだから、殆ど誰もいねえよ」
瑞咲に付き添われ、オレは二週間ぶりに學園の校庭に足を踏み入れた。
まだ退院したワケじゃないのが残念だが。
校庭の隅を見ると、一年の後輩が一人高跳びの練習をしている。
背が低くて、黒髪短髪の……………狩谷だ。
「あ、副部長!!」
近付くと彼はビックリした調子でオレに駆け寄ってきた。
「あの……大丈夫なんですか?右足引きずってるみたいですけど…………。えっと、部長の方は?」
「ソラなら、大丈夫だ」
眼鏡越しのまだあどけなさの残る瞳に、オレは都合のいい返事を返した。
都合云々以上に……………オレの希望も含まれていたが。
オレは久々に見る高跳びのバーを見つめた。
『また前みたいに跳んでくれよ』
再びソラの声が頭の中に響く。
また……………あのバーの上空を越えたい。
オレはゆっくりとバーから距離をとった。
「どいてろ、二人共」
「え?足は……」
「ちょっ………無茶なッ」
止めようとする二人の視線の中、オレは駆け出した。
しかし……………やはり、ツラい。完治してない右足を庇う形になる。
それでもオレは止まれなかった。止まるワケにはいかない気がしたんだ。
「ッッ!!!!」
痛む右足で踏み切った瞬間、怪我の負荷が重くのし掛かった。
充分に踏み切れないまま、中途半端に身体は宙を跳ぶ。
ガタン、と音がした。
マットに沈む着地の衝撃は、ひびの入った肩胛骨に直に響く。
此処まで苦しい高跳びは、初めてだった。
「おい、大丈夫かよッッ」
慌てて瑞咲が駆け寄り、痛みに動作を鈍らせるオレを抱え起こした。
その後ろで、気の弱い狩谷がおたおたと狼狽えている。
「……………もう帰る、から……………」
感じる痛みは顔に出す事なく、海は冷淡な表情で立ち上がった。
オレ、本当に跳べないんだな……………。
絶望感に襲われるまま空を見上げれば、雲一つなく澄んだ青空が視界いっぱいに広がる。
本当に綺麗で、溶け込みそうだった。
溶けて消えてしまいたかった。
それからすぐに、オレは病院に帰ってきた。
わざわざ病室に送ろうとした瑞咲を病院の入口までで止めた。
「そいじゃな。また来っから」
そう云って瑞咲は笑んだ。その顔がいつもより優しく見える。