恋愛小説(2)-1
変わらないことが美徳だとは僕は思わない。けれど変わり続ける人間を、僕は素晴らしいとも思わない。大学の生活においてそのことは何の役にも立たないことは周知の事実であるけれど、僕は時としてそんなことを考える。人は一体なにをもってして、それを個人だと認識しているのだろう。顔や声?性格?地位や名誉なのだろうか。どれもいまいちピンとこない。顔も声も変わってしまって、中身だけが同じならば、それは僕だと言えるのだろうか。
千明は変わらない。はじめてあった時からずっと、というかおそらく生まれてからこっちずっと、千明は変わってないのだろうと僕は考えた。それは千明のオリジナルティであるしアイデンティティでもある。まぁだからといって僕はそんな難しいことを考えて千明と話してることは一度もない。千明は千明であり、それ以外ではありえない。
千明は「人は人との関わりでしか変われない」と言った。
逆に考えるならば、人と人とが関われば、その人物を大きく変えてしまう可能性もあるということになる。だとするならば、僕が千明で変わってしまった様に、千明も僕との関わりで変わってしまうことはありえるのだ。
僕はそのことを考えると闇に足を捉えたかのような錯覚を覚えることがある。暗い、沼のようなものに足を絡められ、身動きができずに、ただ沈んでいく錯覚だ。それは夢なのだろうか。それともただの錯覚なのだろうか。現実として、僕の足を引っ張る物体があるのだろうか。
煙草を吸い大きく吐くと僕は考えるのを辞めた。
それ以外に、するべきことなど思いつかなかったからだ。
□
春がやってきた。大学に入って三度目の春だ。僕らは三回生になっていた。
あいかわらず僕と千明は一緒にいて、千明は僕のことを好きだと言い続け、僕にはまた違った好きな人がいた。なぜ好きな人がいるのに、自分の事を好きだという女性と一緒に過ごすのかと、いぶかしげに思う人もいるだろう。僕だってその一人だ。僕と千明の奇妙な関係を紐解くには、十分な時間と、労力と、それを熱心に理解しようとする興味心が必要なのだ。
千明の言葉を借りて説明するならばこうだ。
「私はちーくんが好き。ちーくんはさっくらーが好き。でもさっくらーには彼氏がいて。私とちーくんは叶わない恋を追いかけてる者同士でしょ?なら一緒にいよ。私はちーくんの側におれたら、それでええんやから」
僕は何度も千明を説得しようと心みたのだが(そもそもなんで僕が千明を説得しなければいけないのだろう)、千明はこの理論を譲ろうとせず、僕はその頑な精神に負け(たということにして)、僕は千明と行動をともにしている。講義を一緒にうけ、食事を一緒にとり、一緒にサークルに参加し、一緒に帰った。千明の家に遊びにいったこともしばしばあるし、千明が僕の家に遊びに来た事もしばしばあった。
大多数の人はこの関係をつき合っているのではないか、という。僕もその意見に大幅賛成だ。しかし僕と千明が、友人として一線をこえることは無かったし(それはつまるところ、そういう行為についてだ)、どんな魔法にかかったとしても、抱きしめるぐらいのことで千明は納得した。
精神衛生上よろしくないことは二人にもわかっている。事実僕らは他の人と同じ様に嫉妬し、喧嘩し、辛い思いもする。けれど僕と千明の関係の中では、それは大きな出来事ではなくって、時間を上手に使う事で、それを解決してきたのであった。