恋愛小説(1)-1
誰かに理解されようと思ったことはない。
「嘘やん。そんな人おれへんよ。みんなどっかで誰かに寄り添って生きてるんよ」
僕が自分の気持ちに正直に言葉を発して返ってきた台詞は、だいたいそんな言葉だった。当時僕はそれを聞いてとても哀しい気分になったものだけれど、今思い返してみると、それが真実だったと思えるから人って不思議だ。
「って言うか、そんなんばっか考えて生きてんの?なんかさ、肩こらへん?そういうのって。もっとさぁ、リラックスして、自由に生きてみたらええねん、私みたいに」
「無理。どう考えたって千明にはなれない」
「なぁ、なんでそんな哀しいこと、言うんよ」
わからない。僕は僕を切り刻むことでしか、自身を定点づけることができないから。
「人は人との関わりでしか変われへんのよ。そのこと、ちーくんだって気づいてるんやろ?」
「だったら私で、変わればいいやん」
□
人は常に変わりたいと思っている。というのが僕の持論で、無いものねだりという言葉は、まさにそれを言い得ている素晴らしい言葉だと僕は思う。でも日々変わらない日常にほっとし、大変革というものを毛嫌いしているという、矛盾した生き物なのだ。もちろん僕もその中の一人だという自負はある(というより典型的例だといえる)。けれどそれはもうどうしようもないものだ。思春期のモラトリアムからこっち、ずっと抱えている人生のテーゼともいえる厄介きわまりない存在で、手に余るそれをどうにか消化しようと、僕は人に比べられたり、悔しく思ったり、誰かを恨んだりしている。
つまるところ、と僕は勝手に結論づける。
なんて身勝手で奔放な生き物なのだ、人間という生き物は。とりあえず核戦争でも起きて、滅んでしまえばいい。
◇
「あぁ、アカンアカン。滅んだらあかんよ」
「ん?なんで?」
ある晴れた昼下がりのことだった。僕の持論を説明している最中に、彼女が急に口を開いたのだった。
「アカンアカン。滅んだりしたら、ほんまにアカン。なにがアカンって、とりあえずアカン。っていうかせめて明日までまって欲しい」
「だからなんで?」
大学の中庭はとても日当りが良く、僕らは真冬だというのにコートを脱いでもう二時間も持論について語り合っていた。どうでもいい話しを長く続けられるというのは、大学を生きていくうえで重要な才能なのだ。
「だって滅んだらちーくんも私もいいひんようなるってことやろ?それはマズいって」
いまいち意味のわからない千明の理論を聞きながら、それなら明日まで待ってやるなんて気分になったのは、僕があの日以来変わろうとしているからだろうか。
「ってかまずそんな簡単に核戦争とか起こらんやろ。やし無理。とりあえずその話し終わり。無意味。はらへった」
もはや脈絡なんてものはなく(もともと無かったのかもしれないが)僕らはこの話しに一応の決着をつけ、食堂に向かった。時刻は14時を回ろうとしていた。