恋愛小説(1)-9
「なんや覚えてへんの?足下もフラフラなるまで酔ってもうて、私がここまで運んできたんやで?家つく前に寝てもうたから引きずってきたんやけど」
そういってキラキラ光るように笑う女の子。笑うと八重歯がチラリと見えて、僕はそれを可愛いと思った。
「ホンマは家まで運ぶつもりやったんやけど、寝てもうたしなぁ。あのままほっとこうとも考えたんやけど、さすがにそれは酷いかなぁおもて。まぁこんだけ酔ってたら家いれても大丈夫やろ思て、私の家に運んだっちゅう話」
「それは、ご迷惑をおかけしたようで、ごめん」
「ええよええよ。水谷君、えらい先輩に飲まされとったしなぁ。体育会系って言うん?なんか逆らえん感じやったし」
実際のところ僕はほとんど覚えていないのだが、僕はそうとう飲んでいたらしい。飲めもしないのに、最初の一杯だけって話だったのに。
「もうゲェゲェトイレで吐いてもうてみんな騒然やったんやから。そのあとばったり寝てもうて、そのまんま」
「あっちゃぁ」
「おもろかったで?水谷君、でも正解やったんちゃう?先に寝てもうたら、あとの事は関係ないんやし。あぁー、私もさっさと潰れて寝とけば良かったわぁ」
可愛い顔が苦々しげな表情を作る。
「その後、なんかあったの?」
「なんかあったのやあらへん!同い年はキャイキャイ騒いでるだけやし、男連中は女の子の股に手を突っ込むことしか考えてへんし。おまけお酒で箍が外れて見境もつかへん」
「それは大変だったね」
「あぁ、今思い出しても腹立つ!」
僕の目の前で一人の女の子が色とりどりの感情を回す。笑い、心配し、嘆き、怒る。四季の彩るようにそれはコロコロと姿を変え、そして僕に不快感を与える事はなかった。そのことが後の僕の心に小さな針の様に残ることになるのを、このときの僕はまだ知らずにいた。
「でなんだけど。」
「ん?なに?」
「君の名前って、なんだっけ?」