恋愛小説(1)-5
「えぇ!?いいやん。いこうや、ちーくん。どうせこの後暇なんやし、やることもないんやし」
「千明はそうでも僕はそうじゃない。この後講義もあるし、やることだってある」
僕がそういう分別くさいことを言うと、千明は決まって泣きそうな顔をするのだった。涙を溜め、唇をふるふると震わせて形にならない言葉を発する。あー、とか、うー、とか、だいたいそんな感じ。
「いいですいいです。無理にとは言わないので。じゃあ私は先に図書室にいってます。千明先輩、水谷先輩、気が向いたら来て下さい」
そういうと長い髪をヒラリとはためかし、彼女は去っていった。髪から甘い匂いが漂ってきそうで、僕はなんだか落ち着かない気分になった。モデルの様な長い足をせっせと動かし食堂を出て行こうとする背中を、僕は見つめた。生傷の様なジクジクとした痛みが心の隅で蘇る。
そんな僕を見て千明は何かを言いたそうにしながら、僕の唐揚げを勝手に食べた。
◇
後々に不公平だと思うから言っておくと、僕が好きな相手は彼女だ。
高校からの後輩で、名前は桜井 明菜という。大学生活にもなれ、二年目が始まってしまうなぁなんてのんきな事を考えているときに、僕は彼女と再会した。高校卒業と同時にもう彼女とあうことはないと思っていた僕は、文字通り凄まじい衝撃を受け、言葉に詰まった。彼女は控えめにいって凄く綺麗になっていて、少女時代の溌剌としたエネルギーは控え、巧みな円熟がなされていたから。
こんなときなんといえばいいのだろうか。なにを話しても、まったく意味もないのかも知れない。
「先輩!おひさしぶりです。私も今年からこの大学に通うんです。あ、今日はその説明会で来たんですけど」
はにかむ様に笑う彼女の顔はまぶしく、未来に輝きを信じてやまない若いエネルギーに満ちていて、僕はどうしようもない気持ちになったものだ。僕がこの大学に入るときは、こんな顔ができていたのだろうか。もう上手に思い出せない。思い出そうとも思わない。
「そうか。良かったね。合格おめでとう」
僕は確か、こんなことを言った様な気がする。でもその言葉は端から崩れて、どこにも行かず消えてしまったみたいに見えた。
「先輩とまた同じ学校に通えると思うと、なんだかわくわくしますね。先輩はなにかサークルに入ってるのですか?」
「ん?うん。まぁね」
「へぇ!何サークルに入ってるんですか!?」
「天文サークル」
「てんもん?」
「天文学の天文だよ。空みたり、星みたり、流星追っかけたりしてるサークル」
「わ!楽しそうですね」
「そうでもないよ。まぁ興味があるなら見学にくればいい。だいたい水曜日が晴れていたら、屋上にいるから」
彼女は四月のある日に、その天文サークルに入ってきた。
天気がよくって、星がとても綺麗な夜だった。