恋愛小説(1)-13
ある日、僕が千明の事をどう思っているか、ということ木村さんが聞いてきた。僕は巧く話すことができないでいた。僕は千明に好意的なものを抱いていることは、まぁ間違いないのだろう。それは今でもそうだし、たぶんこれからもそうなんだと思う。けれどそれを恋だと決めつけるのを僕の頭は本能的に拒んでいた。僕の中で恋というものは、もうどうしようもない暴走とエネルギーとを兼ね備えるという、特殊な状態のことだと思っていたからだ。僕は千明のことが好きだけど、それを達観して見ている自分がいることも、認識していた。
そのことを木村さんに伝えると、木村さんは喜んだ。大学での生活が三年も続くというのに彼女もできず(出来ていたならこのサークルにはいないことになる)、かといって積極的に女の子に声をかけることのできない木村さんにとって、話やすく、かわいく、しかも関西弁の女の子がつき合ってないとわかると、嬉しいようだ。
「木村さんは僕と千明がつき合っていると思ってたんですか?」(僕はこのころから千明と呼ぶ様になっている。なにごとも段階を踏むタイプなのだ)
「というよりサークル内ではみんな思ってるんじゃないか?お前と井上がつき合っているって」
僕の問いに答えたのは、学園祭でいがみあった水増し野郎こと田中だ。わだかまりがあった分、とけ込むと僕らは意外にも話すようになっていた。
「なんで?」
「なんでって、お前なぁ。サークルでも講義でもいつも一緒にいるじゃないか。そりゃみんなそう思うよ」
「そうか」
「で結局井上はどうなんだ?お前の事が好きなのか?」
こう話したのは木村さんで、それに答えたのは田中だった。
「そりゃそうでしょう。好きでもないのに、異性とべったりっていうのはおかしな話じゃないッスか。なんらかのアプローチはあるんだろ?水谷?」
「わからない」
「わからない!?」
「残念ですけど、本当にわかりません。彼女が僕に好意的なのはうぬぼれでもなく、わかるんですが、それが恋って感情かといわれると、わかりません」
「ふーん。じゃ、結局似た者同士だってことか」
田中が面白くなさそうに缶コーヒーに口に付けた。もうずいぶんとここで話しているのだから、きっと冷めてしまっているのだろう。
「じゃ、じゃ、じゃあさ!俺と井上の仲をとりもってくれって言ったら、お前、断らないよな!?!?」
鼻から決めつけて話す癖が、木村さんにはあった。このときもその癖が出てしまっていると言っていいだろう。
「おし決まり!じゃあ明日からのサークルで俺は井上にアタックする!お前ら、援護しろよな!」
田中が不味そうなコーヒーを啜る音を聞きながら、僕は曖昧な返事しか出来ないでいた。