恋愛小説(1)-10
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春が過ぎて夏になる。それは時を定めた人間でさえ止められそうもないことに思えるから、日本の四季の移り変わりは面白い。桜が散ってしまって、代わりに大きな太陽が勢力をのばしつつある、とある水曜日。新入生歓迎会からこっち、僕と千明はよく話すサークルメンバーとなっていた。
この頃からサークル活動も活発になってくるらしく、新入生もことあるごとに屋上にあつまり会話を楽しんでいた。僕はそんな中にいながらも彼ら(あるいは彼女ら)が出す恋愛体質フェロモンのようなものを怪訝に思い、会話の中にいながら一人で過ごすという高等なテクニックを披露するようになっていた。彼ら(あるいは彼女ら)も進んでその壁を乗り越えようとはしなく、輪の中にいるひとりぼっちという特異な存在に眼を向けようとはしなかった。
千明は違った。ことあるごとに僕に話しかけ、そしてとてもよく笑った。僕ははじめ、千明のその行動がやはり恋愛体質のそれからくるものだと思って距離を置こうとしていたのだが(先日の非礼ももちろんあるし)、彼女はその垣根を幅跳び選手のように軽々飛び越え、僕の心の隙間にするりと入ってきた。
「水谷君はなんでみんなといるとき楽しくなさそうなん?」
「そうみえる?」
「うん」
「なら反省しないと。僕の演技力もまだまだのようだ」
「っていうことは、実際に楽しくないってこと?」
「まぁそうとってもらっても、否定はしないよ」
千明は珍しく、輪に外れる事を恐れない人だった。僕とは違う。僕は輪に入るのもいやだし、外れる事も怖い。
「なんや、変わってるなぁ水谷君って。おもしろいわ」
そういって、ニッと千明が笑う度に僕はなんだか落ち着いた気分になったものだった。入ってすぐに絶望したサークルでの関係も、まぁ千明がいれば悪くないもんだな、とそう思うようになっていた。
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唐揚げを食べた以外は結局なにもぜず(ということはもちろん講義にもでていない)食堂をあとにした僕と千明は、近くの公園きていた。外は寒くて、寒くて、寒かった。先ほど千明がいったとおりだった訳だ。
「なぁちーくん」
「ん?」
「さっむいなー!」
「寒いね」
二人が並んで歩く足下には低く傾いた太陽の光を遮って、細長い影が出来ていた。寄り添う様に移動するその影を見ると、僕は毎回と言っていい程同じ記憶を呼び起こす。そう遠くない記憶だ。大学一年の秋。千明と出会ってもう半年程経とうとしてた。