華詞―ハナコトバ―1の花-1
華詞―ハナコトバ―
1の花 白石 幸
私の名前はゆき。「幸」と書いて「ゆき」。
「幸」と書いて「ゆき」なんていうのは読みづらいのか、昔から「さち」とか「こう」とか良く間違えられていた。
だから、あなたに間違えられた時もあまり気にも止めてはいなかった。
だって、まさかあなたとこんなにも長く一緒にいる事になるなんて思っていなかったから。
「しらいし、さちさん?」
「はい?」
私は反射的に返事をする。
「えっと、隣り、空いてるかな。」
今日の講義はテレビにも出ている人気教授の講義で、講堂は開始10分前にして満席になりつつあった。
少し変わった授業をすると評判の教授で、講義を受ける生徒全員にあらかじめネームプレートを付けておくようにと壇上のボードには大きく書かれていたので、私の左胸には「白石幸」というネームプレートがついていた。
あたりを見回すと私の隣の席以外、見える範囲では空いている席はなかったので、
私は仕方なく一つずれて、通路側の席を譲る。
「ありがとう。」
肩にかけていたバッグをゆっくり下ろすと、その男子生徒はガタガタと椅子を引いて筆箱をバッグから取り出した。
白紙のネームプレートに綺麗な字が滑っていく。
藤沢縁
ネームプレートにしっかりと書かれた字をまじまじと見る。
フジサワミドリ?エン?エニシ?
…変な名前。
私の視線に気づいたのか男子は照れたようにメガネを少し上にあげる。
「あ…ミドリじゃないから!ちなみに男だから。」
慣れたように弁解をする。
その言い方が何だか面白くて私はぷっと噴出した。
「なにそれ。別に女だなんて思ってないよ。ちょっと草食ぽいと思ったけど。」
「え…ちょっとひどくない?草食ってメガネかけてるからでしょ。」
藤沢は冗談ぽく笑う。
笑うと八重歯が少し見える。
よく見てなかったが、結構整った顔立ちをしている。
私のタイプではないけど、こうゆう顔の男子ってモテそうだなと心の中で思う。
「そんな事ないよ。名前、ミドリじゃないなら何?エン?」
「これでヨスガって読むんだ。変わってるだろ。」
藤沢ヨスガはプレートの「緑」字を指して笑う。
よすがかぁ…。これは私よりも読めないな。
初めて自分よりも読みづらい名前の人物に会って、心なしかちょっと親近感が湧いた。