第二話〔続〕――密偵と王女と女装少年-9
「ひぃ?」
「い、いえいえいえいえ!なんでもありません!コレは王女様にこの平民めがお手数をお掛けしまして……」
「そんな、お手数なんて……。お掛けになってください」
平身低頭するケネスへエレナが背の低いテーブルを指差して微笑んだ。
ナイトテーブルである。
まだ、貴族が一杯目の杯を空けるまでしか紳士でいられなくなる前に作られていた古き良き文化である。
ケネスはお言葉に甘えて――いや、そもそもエレナの言葉にもう、逆らえなくなっていた。
ソロソロと椅子にすら遠慮するように端っこに腰掛けた。
向かいにエレナが座る。
ケネスはワゴンから陶器の杯を取り、葡萄酒を注いだ。
その名を聞いただけでもほろ酔えるような一品である。
エレナにも注いでやった。酒に強いのか弱いのか、そもそも飲めるかも分からなかったので杯の重さが変わらない程度にしか注がなかった。
礼を良い、それを一息で飲み干したエレナを目にケネスは深く座り直した。まあ、間違いも起きはしないだろう。
そして、今度は杯の八分目までエレナのために注ぎ入れ、自分の分へとようやく口を付けた。
芳醇にして濃厚、舌を溶かすような甘みと心地の良い渋み――明日、自分は死ぬんじゃないかとケネスは本気で思った。
「…………あの……せっかくの機会ですし――ひとつ、訊ねてもいいでしょうか?」
それはケネスが二度目、エレナが四度目のお代わりをし、それぞれの杯が充分に潤った頃であった。
これまでのとりとめも無い世間話とは少し変わった空気を敏感に察したケネスは、当然の如く頷く。
「もちろん、王女。貴女の質問に返答するは神の決めたもうた万民の義務です」
「……? 酔っていらっしゃいます?」
「まさか。気の利いた台詞のひとつでも言わなきゃ、罰が当たる厚遇ですんでね」
「ふふっ――では、静粛に、明朗に述べなさい。小麦ひとつも漏らさず、胡椒ひとつ加えずに……」
「ははぁ……」
ケネスが大きく、かしずくとエレナは声を上げて笑った。