第二話〔続〕――密偵と王女と女装少年-6
「――良いですよ、仕方がないですし」
「ほ、ほんとですか?」
「ええ、ええ……。本当ですともよ、ちくしょう」
ピョンピョンと飛び跳ねるエレナへケネスは辟易と見つめた。
「…………。まだですの〜?」
「まだですよ〜、そりゃあ。作るのはストックもありますし簡単ですが、剥がすのは手間がかかるんです」
エレナに押し切られたケネスは現在、彼女に用意された部屋(バカ広く、無駄に豪奢だった)の洗面台で顔のメイクを落としていた。
エレナは続きの寝室のベッドの上で今か今か、と待っている。
化粧地の下は、まぁ、簡単に言えば土だ。魔法具にその土台を予め幾つも覚えさせておき、一定量の土があれば、それを素に変装に欠かせないマスクが作れた。
それを下地に、その外見に見合うようなシワや傷、化粧を施すのだ。
変声は十八番だし、体型も件の魔法具である程度は変えることができる。
ほぼ完璧な変装――エレナに見破られるまでは『ほぼ』でなく完璧だった――だが、唯一の難点がこの事後処理だ。
当初はそれこそ女の化粧並みに時間がかかったし、手馴れた今だって幾ばくかの時間を要する。
「――っと!はぁ〜……」
土台となった粘土じみた土を剥ぎ取り、最後に濡れ布巾で顔を拭った。
洗面台に設えられた鏡を覗いてみる。
ピカピカに磨き上げられたその鏡面に移ったのは痩せ気味の三十男だった。
鈍い色の金髪を短く切り揃え、額は広く、鼻筋は通っている。髭は薄いし剃っていた。二重の瞳に細筆で書いたような眉が爬虫類を思わせるが、まぁ、悪くない顔だと自分では思っている。