第二話〔続〕――密偵と王女と女装少年-5
「それは――、なんですの?」
「だって、俺ゃ密偵なんすけど……」
「密偵は、顔を見せちゃいけないんですか?それは大変なお仕事ですね〜」
「そうじゃなく!あまり、誰彼構わず顔出しはしたくないんすよ。顔が売れた密偵なんて、男嫌いの娼婦、高いところの苦手な大工みたいなもんですから……」
「なら、私に――ちょっとだけ」
「な、なんでそうなるんで!?」
「誰彼構って良いですけど、私だけならば問題ないでしょう?」
「ぅ、それは――。はっ!あ、危ねぇ、納得しかけた……。あのね、王女。問題はあるでしょうに。ダメなもんはダメですって」
「ううぅ〜……。ケネスさんはイケズです。イジワルです」
「だから、なぜ…………。はぁ……」
エレナは幼児のように唇を尖らせ、拗ねた。
ケネスは、いまのその老練な顔を盛大に疲れさせてみせる。
しかし、未だ大きな瞳を潤ませて己を見つめる亡国の王女がケネスの外套の裾をキュッと摘まんできた。ツイツイ、と小さく引っ張り、ねだってくる。
――幾ばくかの末、ケネスは根負けした。
この少女、存外、お転婆でやんちゃなのだ。その上、しつこい。
ケネスはこの二日、行動を観察してそう学習していた。この場は逃れられたとしても、きっと、彼女は諦めないだろう。
――ならば、もう降参しても良いんじゃないのか?
どうせ、見せるならもっと嫌な状況で、よりはマシだ。
ケネスは自然と後退していた己が身を立て直すと、そっとエレナの手を外套から弾いた。
不満そうな、そして好奇心に満ち満ちた少女の眼差しへとケネスは答える。