第二話〔続〕――密偵と王女と女装少年-3
「――ケネス?親衛隊の者か?それともパスク公の?」
「パスク『公』ねぇ……。たった八年で大衆酒場の住み込みが王女殿からそのように呼ばれるようになるとは、驚きだな」
「こちらの問いに答える気はない?」
「いやいやいや!怒りなさんなって。そう、そう短剣からは手を離して……」
フィルが顔を強張らせて再度、剣に手をかけたのを目にケネスは慌ててなだめにかかった。
エレナの手前もあるのだろう、フィルが臨戦態勢を解いたのをしっかりと確認し、ケネスは頷く。
「そそ。俺ゃ、パスクの部下さ。ケネスだ――よろしくぅ〜」
ケネスはあえて、軽薄な笑みを浮かべて握手を求めたが、フィルはまるでゴの字の害虫を見るかのように顔をしかめ、応じてはくれなかった。
その表情もすぐさま戻し、ケネスを完全に視界から外すとエレナへ言う。
「……では、エレナ王女。私は明朝、日が昇り次第、父上方に報告に戻りますゆえ、ここでご挨拶させていただきます。三日以内には再度、お訪ねしますので――」
「ええ、ありがとうございます。何から何までお世話になってしまい申し訳ありません。それでは、おやすみなさい、フィル様」
「はい。では、失礼します……」
エレナへ最後に小さく頭を下げると、フィルはすでにケネスなどはこの場に存在しないかのように何の反応も起こさず、立ち去っていった。
「……あ〜らら。つれないでやんの」
ケネスはプラプラと差し出されたままの己の右手を振った。
エレナも困ったように微笑む。
「ごめんなさい、ケネスさん。彼女も悪い方ではないのですが――少々、気難しいところがあるんです」
「気難しい?ははっ、驚いたな。町の靴屋の偏屈な店主は気難しくても、同じ性格の貴族様にはそうは言わないと思っていましたよ」