第二話〔続〕――密偵と王女と女装少年-27
「つぅ……ここもかよ」
ケネスは身を翻すと来た道を逆に進む。
バインツ・ベイは交易都市だ、街の出入り口には通行門があり、そこ以外は高い塀に囲まれていた。
そして、街の出入りには手形が必要になる。いままでは盗賊ギルドの発行した――もちろん、架空の商会の名を用いてだ――手形で通っていたが、もう使えるわけがない。
すでにこの街の衛兵らとは敵対関係になっているのだ。
アジトはケネスの出立したすぐあとに火の手が上がり、いまはもう、灰になっている。
これでこの街の内外にいるギルドメンバーは事情を察することができるだろう。
――しかし、『外』の奴らは良いとして、『内』の奴らはどうしているのだろう?
かくいうケネスも『内』のメンバー。要は終われる身の上だ。
顔は分かっていない。名も偽名。だが、それでも街から出れなければどうしようもない。
ケネスは否応もなく、広大なバインツ・ベイを、半日近くウロウロとしていた。
「はぁ……」
嘆息する。便乗して腹の虫も鳴りやがった。
衛兵にビクつき、おちおち食事も出来やしないし、いずれ有り金も尽きることだろう。
恨みだ、復讐だという想いもあることにはあるが、それよりも大分、切迫した近況だ。
「はぁ……」
「――あっ!ケネスさんですよね?ケネスさん、ケネスさぁ〜ん!」
「ん?」
その時、最近使い出した、まだ馴染みの薄い偽名で呼ばれた。
ケネスが声の元を辿ると通りの向こう側にウェイトレス姿のパスクがピョンピョンと跳ねている。両手にはそれぞれ、紙袋を抱えており、手は振れない状況のようだ。
ケネスはさらにその名を連呼しようするパスクにあわてて駆け寄るとその口を両手で塞いだ。
「んっ!む、ぐぅ……」
「あはは……なんでもねぇですからー」
ケネスは通りを行き交う人々に愛想笑いを浮かべた。
なにせ、傍から見れば酒場の給仕嬢(美少女)を羽交い絞めにする人相の悪い男(自分)なのだから……。
ケネスはそれでも、パスクを細い路地の奥へと引っ張り込むとようやく、その口を塞ぐ手を退けた。