第二話〔続〕――密偵と王女と女装少年-23
ケネスは階段を上がったところ――アッシュとクロニカの死体のある部屋にたどり着くと同時に、頭を切り替える。
――逃げながら戦うことから、徹底抗戦することに。
「ヒュッ!」
腰の背中側に吊るしていた小剣を引き抜くと右手に逆手で持ち、重心を低くし、屈むような格好で床を這うように、追ってきた暗殺者へと踊りかかった。
先の魔法剣の使い手だ。武器は長剣。
一度でも間合いを取られたら圧倒的に不利にになる。
短期決戦しかない。
敵は抜き身の長剣でケネスの小剣を受けとめてきた。
刀身がうっすらと光っている。やはり、魔法剣だ。
自分よりやや背の低いその暗殺者は半歩、身を引き距離を取ろうとする。この距離は、それはそれはやり難いことだろう。
そして、ケネスはソレを許してやる義理はない。磁石でくっ付いたかのようにそのまま同じ距離を詰めた。
相手の呼吸に合わせ、そのさらに一歩先をいく。これが盗賊の戦い方だ。
暗殺者は漆黒のマスクの下で息を呑んだのがうかがえた。
根本的に奇襲をかけられ、得意の間合いを外された剣士に勝機は皆無だ。
ケネスはナイフの先で魔法剣の柄をなぞるように走らせた。
大した傷ではなかろうが、指の先の痛みは存外、強く感じるものだ。
敵の刀身が一瞬、下がったのを見逃さず、ケネスはさらに一歩深く踏み込み、小剣を両手で持つと敵の胸の真ん中へ突き刺した。
何を着込んでいようが、これならば突き通せる。
肉を穿つ、堪らなく嫌な触感――。だが、ソレに不快感を覚える暇すらもなかった。
暗殺者の最後の一人が死に体の魔法剣の使い手の躯を利用し、その影から何かを投げてきた。
ナイフよりもさらに短く、そして早い。
ケネスは間一髪で身をよじり、避けたが、とっさだったために小剣から手を離してしまった。
転がるように二撃目、三撃目の飛来物をかわし、壁の手前でその角度を利用して跳ね起きる。
床を見るとソレは正方形の菱だった。
聞いた事がある。どこかの国の暗殺者の投擲武器だ。
その正方形のすべての辺が刃になったソレを苦々しく見つめるケネス。
経験のない敵との遭遇ほど嫌なことはそうそうない。
情報を分析し、一息吐いた瞬間、左腕と左太股に痛みを感じた。
見なくても裂傷を負ったことが分かった。