第二話〔続〕――密偵と王女と女装少年-16
「いやいや、その、まあ……違うんですよ、王女。ああ、もっと率直な表現で言っておけば良かったですね……」
「はい?」
エレナが首を傾げ、不審がった。
一口、葡萄酒を口に含むとケネスは続ける。
「んま、簡単に言っちまいますと――実はその少女がパスクの旦那……ってわけなんですが――」
「は、はいっ!?」
「んですから、『魔人』パスク・ティルグレは昔、バーメイドとして働いていたんすよ」
「そ、んな――だって……え?ええっ?」
「そんな驚かなくたっていいでしょうに。王女様方だってパスクの子供時代の姿は知っているのでしょう?」
「それは……。ああ、そうですわね。確かに、はい……あの頃のパスクさんは――可愛かったです」
エレナはうっとりしたように微笑んだ。といっても、その面持ちは愛玩動物を前にしたソレだ。
ケネスは、彼女の感想に共感を覚えながらも、上司に同情せざるをえなかった。
褒め言葉だろうが何だろうが、『可愛い』と言われて喜ぶ男はいないのだ。
「んじゃ、続けても?」
「はい。すみません、腰を折ってしまい……」
「いえいえ……。ソレが、まあ初めて会ったときです。それから、ま、結構な頻度で通いましたよ。いっ――も、もちろん恋愛感情はゼロでしたからね。んなに睨まないで下さい。んで、まあ、それから二ヶ月ぐらいたった時でしたね――」
「――っ、――っ、〜〜っ!」
ケネスはバインツ・ベイに帰ってきて、今期分の上納を一月ほど早かったがギルドに納めるとその足で『セイレーンの幻想歌』に向かった。
もちろん、他の常連共と目的は同じ――パスク・ティルグレだ。
家名こそあるが、これは然るやんごとなきお方に頂いただけで、身分は平民――しかも、異国民だという。
帝国は大陸の端という立地上、常に虎視眈々と侵略を狙っていた。当然だ。そうしなければ逆に周囲の国々に飲み込まれてしまう。
そのため、この国ではあまり他国の人間を歓迎しない気質がある。それも家名付きともなればなおさらだ。
この国にきたのは五年ほど前だという。この街に着くまで年端もいかないその身一つで苦労したのだろう。
しかし、この街では受け入られていた。頭は良い、性格も良い、働き者だし、おまけに可愛い――よくよく考えれば至極当然の待遇である。