第二話〔続〕――密偵と王女と女装少年-15
『セイレーンの幻想歌』――そう、オーク材に赤く彫られた文字を二度、確認するとケネスはその薄い組み木扉を押した。
酒場としてはおそらく、この町でも五指に入るほどの規模面積の店内に一見、無造作に、しかし、給仕人の動線を邪魔しないようにテーブルが並べられていた。酔った客が喧嘩しても構わないように、薄く、安いテーブルだ。
さらには階上には三十床ほどの寝所もあり、宿屋もかねているため、名実共にバインツ・ベイ最高の酒場だった。
「いらっしゃいませ〜!」
ケネスが入ったところでぐるりと店内を見回しているとすぐさま、一人のウェイトレスが声をかけてきた。
見たことのない顔だ。最近は来ていなかったが、一時期は毎日のように通ったこともある店だ、店員だって馴染みである。
――ということは、この娘が……。
ケネスはその少女を爪先から頭のてっぺんまで、観察した。
情報通り、齢は十五前後、真っ白な肌と美しく弧を描く眉、その下には切れ長な、聡明そうな眼、鼻は高く、唇は薄い。肩にかかるくらいの長さの白の混じった銀髪だった。耳の上の髪は編み込み、頭の後ろで一つにしている。
身体付きはまだまだ未熟――ツルツルのストーンだったが、それでも余りあるほどの美少女だった。
その少女は鈴のなるような澄んだ声で――
「〜〜〜〜っ!」
「……あの?王女?」
回想を中断するケネス。
目の前ではエレナが酔いの回り、赤みのさした頬をプクリと膨らませていた。
ケネスはあの女性だけが発することのできるいや〜な感じを覚えつつ、引き気味に訊ねる。
「な、なにか?」
「ケネスさん!私は、パスクさんとの出会いで、そんな酒場で出会った少女のことなどは割愛していただいても――」