第二話〔続〕――密偵と王女と女装少年-11
彼女はこの娼館を切り盛りしており、仲間内では『スキュラ』と呼ばれていた。この港町において睨まれたら終いの海の怪物――誰が名付けたかは知らないが、実にしっくりくる名だ。
すでに齢六十を越しているはずなのだが、初めて会った二十年前からちっとも変わらない。凛とした雰囲気、カールした白髪、肌もシワこそあり、若々しくはないが、昔はさぞ美しかったのだろうと優に想像できる。
極めて冷静沈着、そして冷酷な女性なのだが、ケネスは好感を抱いていた。
いや、ケネスだけではない。このギルドで育ったすべての者たちがそうだろう。みんなの母親みたいなものだった。
「ごきげんよう、ばあ様。お年のわりには元気そうで――」
「はははっ。あのピーピー、喚いていたクソガキがいっちょ前に皮肉かい?」
「おいおい、それは言いっこなしだぜ?はい、お土産〜」
「上納金?直で渡しなよ」
懐から出した袋を手渡すとスキュラのばあ様は困ったように笑った。
見た目よりも若い、なかなか、チャーミングな笑みだ。本当の母親の愛情ある苦笑はこんな感じなのかもしれない。
ケネスは首を左右に振った。
「違ぇますよ。本命はこっち――」
ポンポンと己の腰にくくり付けた両の拳大の皮袋を叩くと続ける。
「言ったろ?それはお土産だって。今回は豊作だったのさ。それで化粧品の一つでも買って、若作りでもするんだな」
「口の悪いガキだ。素直に、スキュラ様の美貌を称えて、と言えばいいのに……」
「おえっ」
「誰が、乾物だっ!」
スキュラのその細長いに人差し指に額を弾かれた。
ケネスは赤くなった額を押さえ、呻く。