第二話〔続〕――密偵と王女と女装少年-10
「ふふふっ……本当は王も貴族もこんな話し方はしないのです。話すのは役者と田舎者だけですわ」
「そりゃ、こんな回りくどい会話で人生の半分を無駄にしたくはないでしょう、誰だって」
「ええ、まったくです。それで、お訊ねしたいのはケネスさんとパスクさんのコトですわ。ケネスさんだけだったのでしょう?パスクさんが『聖人』だと知っていたのは……」
「パンもですがね」
「彼女は別です。王が王冠を頭に乗せているのは当たり前でしょう?」
「んで、王女はしがない平民が王冠を被っていた理由を知りたいと?」
「はい。ムリにとは言いませんが……」
「構いませんよ。別段、隠すほど重要なコトでも大げさなモノでもない――」
ケネスは酒で舌を湿らせるとゆっくりと語り出した。
あれは、八年前の冬だった。
ゴルドキウス帝国の南海岸に面する港町バインツ・ベイ。規模でも、交易額でも帝国中で最高のランクに属する大都市だ。
郊外に帝立魔導学院『賢者の律令』が建てられていることもあり、通りを行きかう人種も多種多様である。
入港した交易船の船乗り。商店の下働き。馬屋の主人。騎士。代理騎士。魔導学院の生徒。そして、それらを相手する様々なランクの売り子や呼び込み。
そんな大都市には決まって日の当たらない部分もできてくる。
裏通りを音もなく歩むケネス――当時はクーガやブルーノと名乗っていたが――も、その世界の住人だ。
物心付いた時にはすでに独りだった。
雇い主たる盗賊ギルドで一流の盗賊になるべく教育された。もちろん、それは慈善事業などではなく、その一流に育った奴らから上がりをいただくのだ。
その上がりの納入日が今日である。
ケネスは一軒の娼館へと入った。客としてではない。
それは扉を入ってすぐの受付に立つ淑女も承知だ。客を通す待合室とは別の扉を開けた。