聖夜(その2)-4
「……さんですね…お待ちしておりました…」
背後から突然声をかけられ、私は振り返る。そこには黒い服に包まれた、がっしりとした体格の
中年の神父の姿があった。初めて会ったというのに、彫りの深い優しげな神父の顔つきのなかに、
なぜか懐かしいものを私は感じた。
でも…私は神父の憂いを湛えるような魅惑的な瞳の中に、どこか脅えたような一瞬の光の瞬きが
あったことを見逃さなかった。そして強ばった頬がかすかに震えていた。
「どうか、なされましたか…」と、私は神父に声をかける。
「い…いや…何でもありません…た…ただ、あなたが、私が知っているある女性にあまりによく
似ていたものですから…」
小刻みに肩を震わせた神父は、私の視線から逃れるように目をそらし、教会の奥の地下の部屋へ
と私を導いた…。
母がノートに書き綴っていた青年は、母の妄想なのか、すでにこの世に生きてはいなかった。
もう数十年も昔にここのサナトリウムで撮られた記念写真に、その青年は、どこか優しい微笑み
を湛えて写っていた。彼は、神学生としてここで奉仕することがあったらしい。母の祖母がここ
で療養していたのを、母がときどき見舞いにきていた頃にこの青年と知り合ったようだ。
ふたりは自然に恋におちた。いや、母がどんな気持ちで青年の思いを受け止め、どんな思いをも
っていたのかもわからない。七歳も年下の神学生の青年との恋は、最初から実るべき道は絶たれ
ていると、ふたりが感じたのも当然だったのかもしれない。
結局、母はK…氏と結婚した。
その二年後…青年は冬のあの湖で入水自殺をしたのだった…。しかし、彼の死体は、その後の
警察の捜索でも見つかることがなかったという。
ふたりのあいだに何があったのかは想像できる。そのことを母が語ることも当然なかった。そし
て、母はこのサナトリウムにきて、亡き青年の幻影を見ていたのかもしれない。
母は、あの青年が今でも生きていると信じ、あのノートを綴っていたのだ。いや…最初から、母
は、ここでふたたびあの青年に会えることに、密かな希望をもってこのサナトリウムを選んだの
かもしれない。