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聖夜
【その他 官能小説】

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聖夜(その2)-3

…わたしは、またあの頃のように、あなたといっしょにここで会うことができるのね…あなたは、
私だけを見つめてくれる…そして、わたしもあなただけを見つめることができるような気がする。

…この前、ふたりで見に行ったあの湖畔のボート小屋がまだ以前のまま残っていてよかったわ…
こうしてずっとあなたと会えるのか楽しみだわ…


K…氏が妻のノートをそっと枕の下に戻したとき、妻はうっすらと眼をあけた。

「…大丈夫か…体調は…」

その声をさえぎるように妻の視線は、瞳を開いたときから、K…氏から離れ、窓の外の遠くを
見つめだしている。外はすでに夏の光と影が樹木の間から溢れ、蝉の鳴き声で充たされていた。

「…また、別の治療を始めるそうだ…しばらく、外出は控えた方がいいよ…」




もう、あれから数十年の歳月がたつ。K…氏、いや…私の父が最後に語った話だった。

母の麗子は、癌が再発してから、約半年後のクリスマスイブの夜に天に召されていった。
母が精神の病気で発病したときから、私は叔母に引き取られた。母が最後の息を引きとったとき、
幼い私は、まだ母の死の意味が理解できなかった。

私の父、K…氏もその十年後、母と同じクリスマスイブの夜に、天に召されていった。


そして…父は、息を引きとる死の直前に私に告げた…きみは、わたしの娘ではない…と…。



クリスマスの日、サナトリウムの近くのこの教会で、K…氏の葬儀が母と同じように行われた
ことを、私は昨日のことのように憶えている。

サナトリウムの数人の関係者とおそらく身内がいなかった私たちにとっては、数人の者だけのさ
さやかな葬儀だった。オルガンで聖歌が流れ、父のいつもの穏やかな死顔の傍に白い花を添えた。

私は、母の死顔の傍にも同じ白い花を捧げたような気がする。そして、ふたりが同じ日に天に
召されたことに、私は深く感謝している。


ほんとうの父が、誰であるのか私にはわかっている。でも、私の母…そしてK…氏もまた、結局、
私のほんとうの父の名前を伝えることもなく天国へ行った。


今年、私は母が結婚した歳と同じ三十五歳になった。

今はだれも訪れることのないサナトリウム近くの古い煉瓦色の教会は、ひっそりと佇んでいる。
教会の裏手の墓地にふたりは並んで眠っている。ふたりのお墓には、誰かが訪れたあとが残って
いる。死んだ父と母を、ずっと思っている人がいるのだろうか…。

花を捧げた墓碑の向こうには、薄く舞い落ちる白い雪で、斑になった鏡面のような湖が広がる。

白い雪が音もなく降り続いていた。まわりの山々は一面を雪で覆われ、湖もまた降り続ける雪を
吸い込みながら無言のまま眠っているようだった。


私は墓地から教会の入り口へ続く階段をのぼる。

ささやかなクリスマスツリーで飾られた教会の正面の重い扉を開けると、澄んだ冷たい香の匂い
が漂ってくる。数年前から年に一度だけ訪れる神父が、ささやかなミサを行うという。
列柱の主廊の先には、燭台に飾られた数本の赤い蝋燭の淡い灯りが、十字架の前の聖餐台のまわ
りをぼんやりと照らしていた。



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