聖夜(その2)-2
…でも、あなたにとってかけがえのないものは、わたしではなかったのかもしれない…
いや…あなたは迷っていたわ…わたしに対するすべての優しさと、愛しさ、そして欲情さえ…
でも、あのとき、わたしはあなたを受け入れ、わたしたちは至福に満ちあふれた高みに達したわ。
わたしは、あなたとの最初で最後のあのときをすごしたあと、あなたの呻き声が聞こえてくる夢
にうなされるようになった…
どこからかって…あの教会の地下の部屋からよ…
あなたの荒い息づかいだけが、地下の薄灯りの中に響いていたわ…白い腿が震え、背中が歪み、
臀部が小刻みに揺れているあなたの白いからだ…のけ反ったあなたの苦痛に充ちた顔…
あなたは、わたしを抱いたあと、あの部屋にこもり、自らの裸体に鞭を打っていたわ…怖かった
…わたしは扉の隙間からその姿をじっと見つめていたわ…あなたのからだは鞭の痛みになにかを
感じたように烈しく揺れていた。手にした鞭の先端が、あなたの性器に巻き付くように襲った
とき、あなたは打ち震えながら、その痛みに耐えていた…
…耳を塞ぎたくなるようなあなたの呻き声だった。わたしは胸の鼓動が烈しくなって、息苦しか
った…涙がこぼれてきたわ…わたしのために…どうして、あなたは自らのからだを鞭で虐めなけ
ればならなかったの…
わたしたちが、どうして罪を犯したというの…
病室に差し込んでくる陽射しは、すでに暑い夏の気配を思わせていた。
突然、サナトリウムの医師から、K…氏は診察室に呼び出された。小一時間ほどの医師との話の
あと、K…氏は全身の気力を失うほどの眩暈に襲われた。
「残念ながら、再発しています…精神の病気は、抗精神薬で安定していたのですが、おさまって
いた癌巣が急激に奥様の体の中で広がっています…摘出は無理です…抗ガン剤と放射線治療を
また進めさせてもらいます…心配は、奥様の精神的な病気への影響です…」
担当の医師はレントゲン写真をじっと見つめながら、ため息をつく。
「…あと半年でしょう…奥様は若いので、かなり癌細胞の拡がりは早くなりそうです…」
眠っている妻の枕元で、K…氏はじっと穏やかな妻の寝顔を覗き込む。
ふと、妻の顔が自分と暮らしていた頃より、もっと美しさを増したような気がした。
いや、K…氏は、自分がほんとうの麗子の姿に気がつかなかっただけかもしれないと思った。
妻の胸元の肌着がめくれ、白く透きとおるような肌をした乳房の谷間が見える。K…氏は掌をそ
の肌着にそっと滑り込ませ、その柔らかで蕩けるような乳房に躊躇うように触れる。あたたかな
肌のぬくもりが掌につたわってくる。懐かしい妻のなめらかな肌だった。
どうして、こんなことになったのか…。K…氏はその優しさに溢れた肌のぬくもりに触れながら
自問を繰り返す。