悔し涙が身に染みる……。-1
悔し涙が身に染みる……。
週末の夜、歓楽街は賑わいでおり、会社帰りのサラリーマン、学生達でごった返していた。
岩崎幸一もまたその一人で、大ジョッキになみなみと注がれたビールをちびちび飲んでいた。
大城大学経済学部二年の彼は、サークル活動としてソフトテニスをしている。とはいえそれはお題目でしかなく、実際は隔週で開催される飲み会が目当てだったりする。今日も例に漏れることなく飲み会となったわけだ。
ただ、実のところ幸一は酒に弱いほう。ビールはグラス一杯でおなかいっぱいというほどだ。その彼が何故無理に大ジョッキを煽っているかというと、それは王様のご無体な命令によるもの。
先っぽが赤く染められた割り箸を持っているのは後輩、市川昇。彼の「三番が大ジョッキを飲み干すこと! 飲み干すまでゲームの参加を認めない!」という命令のせいで、幸一は飲めないビールと格闘することとなっているのだ。
飲み会だけで実の無いサークルならばいっそ辞めてしまいたい。
彼は何度もそう思っていたが、同じく二年でサークル加入当初から気になっている平井志保がいる以上それもできない。
今日の彼女は深緑のパンツルック。白のシャツにゆったりとしたセーター。地味な様相だが、性格を現している。
表情はやや朱が混じる程度で、普段は厳しい瞳なのだが、今日はアルコールのせいでやや垂れ気味。はにかむように笑うたびに、ちいさなえくぼが見えたりした。
髪は肩にかかる長髪だが、常にゴムバンドで止めてあり、髪留めでおでこを出している。
スタイルはというと、細く長い手足とちょっぴりボリュームのあるお尻がパンツからその形を見せており、たまに幸一の視線を誘惑する。胸はあまり強調されていないが、ややきつめのブラらしく、何度かさすっているのが見えた。
「……大丈夫? 幸一……」
ゲームの合間に志保は彼に近づき、心配そうに声を掛ける。
幸一からは見えないが彼の顔は真っ赤であり、先ほどから何度もしゃっくりをあげていて、傍から見て心配になれるもの。
「大丈夫……」
そう言いながらもう一口。
苦い麦の炭酸汁を飲み込む幸一。いっそのこと酔っ払って粗相をしたふりでもすればと考えたが、志保の前で醜態を晒すことも辛い。彼は時間を掛けてでもしっかりと命令を完遂することを選んだ。
「もう、無理して……」
そういう彼女は既に生中二杯を胃に納めている。しかし、白い頬をそっと染める程度でしかなく、目元がやや緩んで色気が増しているぐらい。むしろ彼にとっては屈辱でしかなく、それも相成って躍起になっていたのかもしれない。
「それじゃあ王様だーれだ!」
抽選が行われ、メンバーは皆恐る恐る割り箸を見つめる。そして……、
「あ、あたしだ!」
喜び手を叩いて立ち上がるのは美作忍。茶色に染めた髪はカールしており、睫もおそろいでカールさせている。目元をパッチリさせており、鼻筋も流麗で顎を少し引いて上目遣いになれば雑誌のグラビアも飾れるレベルの彼女。タイトなスカートはあまりはしゃぎすぎると挑発的なシルクのショーツが見え隠れするが、酔っ払いに恥じらいも無いらしく、たまにそれを後輩が覗いても、「えっちぃ」と笑って済ませている。
「それじゃ〜あ……、二番が五番と……」
彼女は割り箸を大事に握りながら、哀れな民を見回す。
「抱き合っちゃう? 抱きあおっか?」
その命令に石見聡と金沢宏美はびくっと身体を震わせる。とはいっても、忍が二番と五番を告げた時点で二人は挙動不審になっており、さらにいえば他の面子もほっとしたりとで、態度に即出ていた。
彼女特有の間によってそれらは見抜かれたわけだが、酔いと割り箸を見つめるせいで気付けない。