悔し涙が身に染みる……。-32
「だれ?」
「あたし……忍」
「なんのよう……」
「わかんない」
「一人にしてよ……」
「出来ない……」
「あっちにいけよ……」
「いや」
「なんだよ、おまえのせいだろ? 志保が……志保が……」
背後では何かを流す水の音がする。換気扇から湯気が見える。誰かがシャワーを浴びているのだ。
「志保ちゃんに何かするつもりなんて無かったの。ほんとだよ……」
「うそつき……」
「ほんと。信じてなんて仕組んだほうが言うのもなんだけど、本当に彼女のことは事故だってば……」
「なにがさ……、全部話せよ……」
「うん……」
忍は彼が抵抗をしないのをいいことに、その胸に顔を埋める。たとえ鼻水が髪にふれたとしても、彼女は満足そうに……。
「あのね、さっきも言ったけど、和志君、宏美ちゃんのことが好きだったのよ。そして、聡君は佐奈ちゃんのことがね……」
「うん」
彼もまた、彼女の温かさが欲しく、抱きしめる。
「で、奈々子ちゃんが今回のことを提案したの。皆でエッチなゲームをして、既成事実を作っちゃおうって……」
「酷いよ……」
「わかってる。でも、それだけ好きなのよ。特に佐奈ちゃんなんて栄治君っていう彼氏がいるでしょ? だから、聡君はちょっとずるをする必要があったの。それはあたしも同じ。君は志保ちゃんのことが気になってるし……」
「だから志保を?」
背後で水の音が止まる。そしてパチンと電気を消す音。換気扇も止まり、衣擦れの音がした。
「ん〜ん、それは違うの。あのとき、手でしてあげたでしょ? そのことで脅迫しようと思ったの。うふふ、悪い子だね、あたし」
「ああ……」
そう言いながら幸一は彼女の手を握り、指の一つ一つを絡ませる。
「あたし、君に尽くすつもりだったんだ。エッチでめろめろにしちゃおうって……」
「そう……」
「本当にそれだけだったのよ。まぁ、佐奈ちゃんと栄治君の仲を引き裂こうともしてたから酷いけどね……」
「うん」
「今更無理かな。あたしと付き合ってなんて……」
「それは……」
暫く沈黙。
ドアの向こうでこちゃこちゃと動く音。やがてかちゃんと鍵の開く音がして、背中に圧力を感じる。
「ん……ほら、たって……」
忍に促され、立ち上がる幸一。背後でドアが開き、今一番会いたくない人が出てくる。
「あら、忍先輩もいたんですか……」
「うん」
「そうですか。あ、あたし帰りますから……」
火照った身体の志保はそっけないふりをして二人の脇を抜ける。
「志保……あの……」
「何?」
「いや、なんでもない……」
彼女は本当に何事も無かったかのようににこりと堅い笑顔を返し、彼の言葉を飲み込ませる。
「そう、それじゃ……」
幸一の中で何かが一つ、失われた……。