今日の朝日が身に沁みる-1
午前五時四十五分起床。
布団をたたみ、部屋の真ん中で正座する。
窓は西にあり、見える空は薄暗い。
ドアの向こうから靴の音が聞こえる。
どうにも気分が悪いのだが、俺はそれにどうこう言える立場じゃない。
「――点呼!」
「――三五六号、起床」
「――三五七号、起床」
刑務官が点呼を取る。
俺には須藤啓二という立派な……ってほどでもないが、名前がある。だが、ここでは――三七六号だ。
「――三七五号、起床」
おっと、俺の番が来た。
「――三七六号、起床」
「――三七七号、起床」
番号を叫ぶと、ドアにつけられている窓から刑務官が部屋を覗く。なんというか、魚の死んだようなぎょろっとした目だ。毎日そんなものを見せられると思うと嫌になる。
まぁ、俺がそれにどうこう言える立場じゃない。
午前六時三十分。
朝食。
日に三度の楽しみ……、いや、風呂もいれれば四度の楽しみである食事。
だだっ広い部屋に並べられたテーブルに、番号順にところ狭しと並ぶ。
メニューといえば焦げた目刺二匹につるなのおひたし、それに豆腐と麦飯。
たまに納豆が出るが、俺はあの独特のにおいが嫌いだった。
それでも残すと刑務官に睨まれるので、仕方なく水で流し込む。
俺の隣、――三七七号はどうも育ちがわるいらしく、食べるときくちゃくちゃと音を立てる。これが外なら、まちがいなく殴り倒しているだろうけれど、そんなこんなで俺はここに来たわけだ。もしそんなことをしようものなら、懲罰房行きだろう。それとも法務大臣のお墨付きでももらえるか?
午前八時。
お勤め開始。
俺は工作室で家具を作るのが仕事。
あまり器用なほうではなく、鉋がけに失敗して寸法が合わなくなることも多い。
まぁ、こんなもの買う奴は慈善自慰をしたいだけの金持ちだろう。買うことが目的になっているだろうからクレームも来ない。つうか、死刑囚にクレームを出すなんてナンセンスもいいところだろう。
俺がこの刑務所に来た理由は外でやんちゃなことをしたからだ。
お馬さんに投資していたせいか、金が無くなって、たまたま無人の家があったんでちょいと用立ててもらおうと入ったわけさ。
そしたらそこの家の娘が居て、騒ぐもんだから喘がせてやったんだ。
すると今度は母親が出てきたんだ。まあ、若い女のあとに婆を抱くのもつまらないから適当にふんじばったんだ。
だが、それがいけなかった。あんまりに時間がかかったもんで、そこの家の亭主が戻ってきやがった。
さすがに男が相手となると手加減してる暇も無い。俺は生命の危機を感じ、手近にあったバールのようなもので応戦した。
んで、何とか窮地を脱した俺は、その金を持ってお馬さんに投資に行ったわけだ。
そしたら予想が的中して大当たり。万馬券を手にして最高状態になったんだが……、禍福はあざなえるなんとかってことかね? 換金所でおまわりさんに御用ってわけだ。
そりゃ確かに悪いことはした。だが、ちょっとぐらい美味しい目を見てもいいだろう。
こちとら競馬生活三十年、一番の当たり時なんだ。むしょ勤めになるとしても、その前にしこたま酒飲みたいし、第一、これは俺の金だ。借りてたそれを返しても一晩遊ぶぐらいはあるんだ。
もちろん俺は抵抗したぜ? 昭和の男を舐めるなってな。