龍之介・七-4
「龍之介、お前は筋がいい。どこ行ったって一番だ!」
「龍、今までお疲れ。本当にお前は成長したよ」
「俺達が教えた事をお前はちゃんと学んでる、だから何も心配してない」
仲のいい同僚と先輩、そして支店長から労いと励ましの言葉を沢山貰った。
でも、寂しくは無かった。
ここで縁が途切れる仲では無いし、仕事柄どこかでばったり会うだろうから。
実際広田さんに何故かよく会ってしまう。会うと、どんなに忙しくても俺を笑わせようとする。
中には励ましだけじゃなく
「さよなら龍。じゃ、今度は電話で話そうぜ」
「姉ちゃんに友達紹介する様に頼め。なんなら姉ちゃんでも構わんぞ」
などと軽口を叩く奴もいた。
仕事は決して楽じゃなかったけど、いつも笑いの絶えない明るい職場だったんだな。
上下関係のしきたりは確かにあった。
でも、基本的に皆話すのが好きで、相手の笑うのを見るのが好きな人ばかりだった。
俺が葵に喜んで欲しいと思う様になったのは、きっとこの職場に居られたからかもしれない。
・・・もう明日には新しいねぐらに引っ越すんだ。
荷物は全部そっちに送って、あとは通勤用の相棒である原付だけ。
相棒に跨る前に伸びをして、このいつもタイヤのゴム臭い駐車場も今夜でおさらばか、としみじみしてしまった。
大きく腰を折り頭を下げて、最後の挨拶を終えた−
早く帰ろうと家まで向かう途中に抜け道を探したのも今は懐かしい。
(この帰り道もしばらく、いやもしかしたらもう通らないのかな・・・)
やめよう、せっかく明るく送り出してもらったんだ。湿っぽいのは好きじゃない。
今日は抜け道じゃなく敢えて時間のかかる道を、噛み締める様にゆっくり通った。
アパートに着いたのは11時5分前だった。
(葵に迎えてもらうのはどれくらいぶりかな)
妙に胸が高く鳴るのを感じながら鍵を差し込み、解錠する。
ドアを開けると、玄関に溜まった寒さを押し退けて、暖房の風と共に何かの匂いが漂ってきた。
「お帰りなさい、龍くん。そろそろ帰ってくると思って、あっためといたよ」
葵がひょこっと顔を出した。
トレーナーにスウェットのあとは寝るだけ、みたいな格好だった。