龍之介・七-3
<2009年1月・・・葵23歳・龍之介22歳>
初日の出には少し早い。
新しい年を迎えた部屋の中は冷えていて、まるで時間が凍り付いたみたいだった。
街全体が休息に入り静寂が隅々まで行き届いていた。
−2006年、2007年、2008年、そして今年。
葵と二人だけで新年を迎えるのも四年目になる。
(これで最後、かな。きっと)
まだ夢の中に居て新年の空気に触れていない葵を起こさない様に、そっとベッドから腰を上げた。
学生の頃は葵に起こされるが起きず、初日の出を見逃すのが正月の恒例みたいなものだったが、人は変わるもんだな。
「おはよ、龍くん・・・」
「ああ、おはよう」
振り返るとすでに葵は意識が戻っていた。ベッドに胡坐をかき、眠そうにまばたきしている。
「・・・あけましておめでとう、だね」
「どっちだっていいさ。挨拶には変わり無い」
「元旦だからおめでたいの。だからあけおめ」
頭を掻きながらへへっと笑う。
ほぼ黒に近い髪が重そうに揺れている。
ずっと肩までしか無かったが、先生になったのを切っ掛けにもう一度伸ばし始めた。
「初日の出まであとちょっとだね。早く昇らないかなー」
カーテンが開かれ、陽が昇り切ってない朝焼けに照らされた横顔が、かつての姿と重なって見えた。
しかし、こちらを振り返るとすぐにその錯覚は消えてしまった。
色も、長さもその頃に戻ってきている。だがもうあの頃の葵は居ないんだ。
「見て!頭だけ出てるよ」
手招きして俺を誘っている。
・・・これも、もう何度も見る事は出来ないのかな。
ベッドに座り、葵に肩を寄せて、昇ろうとする太陽を見た。
・・・眩しい。
「あ、葵っ?」
ずしっ、と左肩に重みが乗しかかり、シャンプーの香りが鼻をくすぐる。
頭しか俺に触れないで、手はシーツに置かれたままだった。
遠慮しないで手も俺に預けたっていいんだぞ、なあ葵。
こっそり握ろうとしたら急に話し掛けられ、手を離す。気付かれたかな。
「眩しいね。みかんみたい」
「・・・・・・・・・」
またそれか、もう聞き飽きた言葉だ。
普段から夕焼けを見るとみかんとしか言わない。それは、初日の出であっても同じだった。
それが俺には寂しく思えてしまう−
どうしてそういう部分は変わらないんだろうな。残っていても嬉しくないのに・・・
正月休みも直ぐに終わり、今の支店での勤務も残り僅かになった。
今までの配達先への挨拶も終わってしまい、今更ながらここから離れるという実感が込み上げてくる。
(そうだ、離れるのは葵だけじゃない。俺には他にも大切な人がいるんだ)
離れる時になって大切な存在だとようやく気付く、聞いただけの言葉を実感する時が来てしまった。
最後の仕事の日、終わった後に支店長が送別会を開いてくれた。
忙しいので営業所の休憩室でやるしか無かったが、それだけで十分だった。