葉月真琴の事件慕〜欅ホール殺人事件-22
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「どど、どうしたんですか!?」
急いで階段を降りた真琴。
階段から少し離れたとこで仰向けに倒れた一郎。彼の傍にはファイリングされた台本が血を吸って汚れていた。
倒れた一郎の肩を由真がさするが、それに反応する様子はない。
青ざめた邦治は「一一八」と呟きながら携帯を操作していた。
「鳥羽君、それは海上保安庁よ。救急車は一一九でよ……。でも、多分一一〇のほうが正しいかも……」
一郎の脈拍を確かめていた由真だが、彼女が一郎の腕を離した途端、どさっと落ちる。その様子から一郎は既に……。
「あ、あの、警察ですか? はい、あの、えと、なんか、知り合いが、えと、階段から落ちて……」
焦る邦治は咽ているかのようにたどたどしい口調であった。その様子からあまり状況が向こうに伝わっていないらしく、何度も同じフレーズを繰り返している。
「代わって」
見かねた由真は邦治から携帯電話を奪い、非常口から出る。
「一体何があったんですか?」
「それが……、平木さんが、僕の、見ている前で……ええと、柵を越えて落ちたんだ……」
落ち着きを取り戻し始めた邦治は額を手で覆いながら身震いする。
「事故……ですか……」
「ああ、多分……」
真琴は一郎を見ないようにして階段の上を見る。狭い空間ではあるが、大人一人が落ちる程度の隙間が見える。
不思議なのは二階程度の高さから落ちたぐらいで即死ということ。
恐る恐る一郎のほうを見ると、首筋がおかしな具合に曲がっており、落下の衝撃よりは首の骨折が死因とも感じられた。
もちろんそれを判断するのは警察の仕事であり、興味本位に見るにはあまりにも非日常、グロテスクなものである。
真琴は気持ちの悪さを覚え、ひとまず階段を駆け上がり、洗面所へと走る。
水を出し、顔を拭う。吐き気は無いが、胸がむかむかする。
知り合いの不幸という現実は生半なことではなく、彼の心理に楔を打ち込んでいた。
時計を見ると午後二時四十七分。劇の流れにもよるが、残り十分程度で終わるはず。
非常事態であり、このまま第三幕へと移るべきなのか疑問。そもそも一郎の出番も控えており、責任者は彼……。
「……鳥羽君、上手に戻って、石塚君を呼んできて」
「……は、はい……」
階下で由真の凛とした声が聞こえると、続いて邦治が階段を駆け上がってきたのが見えた。彼はそのまま上手のほうへと走る。
やがて由真が上ってくると、彼女は内線で管理室へと連絡しだす。
「すみませんが、下手の階段のところまで来てもらえますか? ええ、事故です。今日の演目の主催である平木が階段から落ちて……はい、警察にも連絡してあります。ただ、直ぐにはこられないらしくて、その間、警備の人に見張りを頼むようにと指示されまして……、はい、よろしくお願いします」
由真はあらかじめ用意されていた台詞がごとく伝えると、ため息をつく。
「磯川さん……平木さんは……」
「ああ、葉月君……うん、もう手遅れみたい……」
そう言って目を伏せる由真に、真琴は胸が痛む。二人の関係は真帆から聞かされているわけで、たとえ別れたとはいえ、彼女はまだ彼に未練がある。ならば、その胸中は察するべき。
「あの……」
そう言いかけたところで石塚がやってくる。彼は階下を見つめたあと、目を丸く見開き、駆けつけようとする。
「待って!」
すんでのところで由真が彼を引きとめる。
「待てるか!」
石塚は何故引きとめるとばかりに振り払おうとするが、彼女は離さない。