女刑事‐石宮叶那1-1
石宮叶那…27歳、女性。
職業…刑事。
「いやぁぁぁ…港に変死体なんて…ついてないッス」
覆面パトカーのステアリングを握る叶那の横で後輩の真崎信吾は不満タラタラでぶぅタレれていた。
「うちらの仕事だ…しょうがないだろ」
港南署捜査係勤務の石宮叶那はいかにも先輩然とした口ぶりでそれらしいセリフを吐くが…その目は笑っていた。
信吾が苦労して交通課のさくらちゃんと今日の夜…食事にまで漕ぎ着けた事は知っていた。
そこに来て変死体発見の一報だ。
二か月かけた信吾の苦労が水の泡と化した。
これが笑わずにいられる訳がなかった。
「まぁなんだ…事件が解決したら私がデートの相手しやるよ」
とても事件の現場に急行しているとは思えない叶那の口ぶりだった。
前方を見つめる叶那の顔もニヤニヤとしていた。
なぜなら…今言っセリフはかなりのところ叶那の本心だったからだ。
黒いストレートな髪に白くほっそりした顔立ち、愛くるしいやや厚い唇、そして猫科の動物の様な瞳をした非常に美しい叶那であった。
そんな美しい叶那であったがそのアグレッシブさと言うかガサツさと言うか。
まぁ非常に男らしい性格の為、色恋事とはいつも無縁であった。
本人としては結構その気はあるのだが。
現に軽薄だが容姿の良さでけが売りの真崎信吾と組まされた時の叶那のはしゃぎっぷりは凄かった。
地下の射撃訓練所で射撃の訓練と称して百発近い薬莢を空にしていた。
そう…この叶那と言う女性。
テンションが上がると矢鱈と発砲したくなるという、かなり危険な癖を持っていた。
そんな癖も色恋事が遠のいてゆく原因の一つだったのかもしれない。
「だから…さっさと解決しちまおうぜ」
叶那はかなり本気だった。
「先輩とじゃあなぁぁ…」
空気を丸っきり読んでいない信吾のテンションは一向に上がらない。
「私とじゃあ…」
前方を見つめる叶那の目がスウッと細まった。
覆面パトカーのステアリングを握る叶那の右手がステアリングを離れると彼女の懐に消えた。
「私とじゃあ…なんだって?」
再び現れた叶那の右手には鈍く光る鉄の塊が握られていた。
「いや!その!先輩とデート楽しみだな!」
ただならぬ殺気を感じた信吾が全力ではしゃいで見せた。
怒ると拳銃で相手を威嚇するこの癖も叶那から決定的に色恋事を遠ざけている要因であった。
現場は港に隣接したコンテナ置き場。
既に鑑識の職員が四人ほど現場にて鑑識作業にあたっていた。
「ご苦労さまです…」
白い手袋を嵌めた叶那と信吾が身分の表示をしながらトラロープをくぐる。
「被害者は二十代から四十代の男性…近距離から数発撃たれた銃創があります」
鑑識のリーダーらしき中年男が叶那と信吾にあらましを説明した。
遺体を見た信吾が顔をしかめた。
刑事になって約一年が経ち殺人事件の遺体を見るのはこれで四回目だった。
初めに感じた衝撃こそ和らいだモノの。
決して遺体に慣れた訳ではなかった。
それに比べて叶那はかなり堂々としていた遺体になるべく触れない様にしながら調べられる事は調べている。
「身元は暴力団関係者を洗えば判りそうね」
叶那は遺体の左手の小指が古い傷跡で欠損しているのに目をつけた。
「暴力団関連の事件ですかねぇ…」
信吾が神妙な面持ちで叶那に聞いてきた。
「おそらくは…」
答える叶那の目…さっきまで見せていたリラックスしたムードは何処にも無かった。
完全に刑事の目になっていた。