聖夜(その1)-9
L・ベルニーニ作の彫刻。ローマで活躍した著名な彫刻家である彼が、こんな場所に作品を残し
ていたのだ。K…氏が、後に知ったことだが、彼には幻のピエタ像があったのだ。
麗子はそのピエタ像を、放心したようにいつまでも眺めていたのだった。なにか深い感慨に耽る
ように何時間もその教会の中から出てくることはなかった。
K…氏が今さらながら思えば、妻はあの彫像に青年との思いを感じていたのかもしれない。
…あなたにとって、かけがえのないものは、わたしではなかったのかもしれない…
いや…あなたは迷っていた…わたしに対する愛に迷っていたわ…でも、わたしたちは、ほんとう
に愛しあっていたわ…
嬉しかった…あなたがわたしを抱いてくれた夜…わたしはあなたのすべてを受け入れ、わたした
ちは、至福に満ちあふれた高みに達したわ…
わたしは、今でもあなたのあたたかく優しさにあふれた唇の感触を肌に覚えている…わたしの唇
を覆い、乳首を這い、あなたはわたしの性器さえ愛おしく愛撫してくれた。わたしたちにとって、
かけがえのないものは、すぐ目の前にあったのかもしれない…
…あなたとわたしは、あのとき、最初で最後の性を交わしたわ…
眠れなかった…。
麗子が綴ったノートの文字は、K…氏の心臓の奥を針で深く突き刺すくらい息苦しいものを与え
ていた。麗子と青年が最初で最後の性を交わした日…その同じ夜に、麗子はK…氏とも初めての
性を交わしたのだった…。