聖夜(その1)-5
行為のあいだも、妻はあいかわらず窓の外の澄んだ光を放つ月を見つめていた。
腰の動きが烈しくなっても、妻は喘ぎ声さえあげることなく、表情は何も変わることはなかった。
K…氏はまるでひとりで自慰を行うかのように射精し尽き果てた。
…終わったの…
妻とK…氏の初めての行為の中で発した麗子の言葉は、醒めきった虚ろな声だった。てらてらと
濡れきったK…氏のペニスの先端からは、白い汁が滴り、急速に萎えていった。そして、麗子は
ベッドから降りると窓から森閑とした林の奥にある湖をじっと見つめていたのだった。
K…氏と麗子が、結婚したのは六年前だった。
K…氏はある会社の重役だったが、経営が厳しくなったこともあり、別の会社に吸収されたこと
を機会に彼は会社を辞めた。五十五歳のときだった。おそらく人並み以上の資産を蓄えていたせ
いか、K…氏は自らの新しい人生に不安はなかったが、妻を二十年前に交通事故で失ってからは、
ずっとひとりの生活をしていた。
再婚の話もあったが、K…氏はどうしても死んだ妻の写真を前に何となく再婚の決心がつかない
まま、月日が流れていったというのが正直な話だった。
そんなときだった…彼が麗子と知り合ったのは…。彼は退職後、しばらくのあいだ一日の大半を
市立図書館で過ごしていたが、麗子はその図書館の司書をしていた。
初めて彼女を見たときから、K…氏は何か懐かしい心のときめきを感じたものだった。これまで
惹かれた女性がなかったと言えば嘘になる。しかし麗子はK…氏の中に、忘れかけていた何か清
流のような瑞々しさを心に与えてくれるようだった。
どこか遠くをみつめているような美しい瞳は清らかで、またそれがK…氏の中に、亡き妻の若い
頃の面影を感じさせていたのかもしれない。懐かしい安堵感のようなもので麗子はK…氏を充た
してくれた。
K…氏は自分でも大胆すぎると思うくらい、思い切って麗子を食事に誘った。そして彼が麗子に
プロポーズをするのも自分では信じられないくらい早かったのだ。
彼女は三十五歳の年齢だった。親子ほどの年齢の差があるK…氏の申し出に、麗子はなかなかい
い返事をしてくれることはなかった。麗子がなにかに対して躊躇っていることもK…氏は感じて
いたし、彼女が過去の何かを引きずっているような印象を受けたこともあった。
でも、K…氏の麗子に対する思いは、日に日に強まっていった。
一年ほどつきあったのちに、やっと麗子は戸惑いながらも微かに頬を赤らめながら、K…氏の結
婚の申し出にうなずいてくれたのだった。
麗子はもの静かな女性だった。結婚前、いっしょにデートを重ねながら食事をしていても、ふた
りの会話がとぎれることに、K…氏はよく苦笑した。
彼女はいつも何かを考えていた。なにを考えているのかふと尋ねることが多かったが、微かに笑
って首を横にふるだけだった。何かを内に秘め、遠くを見つめる瞳にK…氏は魅了されるように
なっていった。