昏い森−黄昏(終章)-1
翌朝になっても、その次の日になっても月読は帰ってこなかった。
月読がぐらりと出掛けて行くことは良くあったが、今回は嫌な胸騒ぎがして、黄昏を不安にさせた。
暁も月読の留守が不安なのか寂しがって泣いていたが、真っ黒な毛並みの犬が影のように寄り添っていた。
昼間、意を決して黄昏は森に入ったが、そこは暗く冷たい風が吹くばかりで、梟を探すことはできなかった。
雪混じりの冷たい雨が降った夜だった。
月読が消えて、5日がたっていた。
黄昏は獣の咆哮で目が覚めた。
―来た。
黄昏は不意にそう思った。
暁は黒犬と同じ布団で、まるで兄妹のように仲良く眠っている。
黄昏は暁の滑らかな頬をそっと撫で、意を決して扉を開けた。
外は雪が吹きすさび、次々と冷たい塊が黄昏にぶつかっては視界を奪った。
その白い世界に、淡く光るような毛並を揺らめかせ、静かに、だが燃えるように一匹の銀狼が黄昏を待っていた。
激しく雪が舞っているのに、狼の廻りでは空気さえも制するのか、黄昏の瞳にはその姿がはっきりと映った。
狼はゆっくりと黄昏に近づくと、逡巡するように首を傾げた後、身体を振って姿を変えた。
細く、長い銀色の髪が雪の中を舞う。肌はそれこそ、雪のように白く、すらりと背の高い、獣の時と同様、美しい男になった。
「…お前が、黄昏か」
低く、唸るような声が黄昏の腹に響いた。
「…月読はどこなの」
俯いて、返事の代わりに投げつけた疑問は森羅を苛立たせた。
舌打ちして、鋭い視線を黄昏にぶつけると、贄は怯まずに見返す。
「月読は死んだ」
「…嘘。遺体はどこよ」
狼は嘲笑した。
「妖に遺体などあるか。我らは死すれば、塵となって消える。骨も、肉も何も残らない。そして、運が良ければ、また生じる。何処からともなくな」
「…信じない」
瞳を潤ませて、強く唇を噛み締める娘をみて、狼は哄笑した。
「俺もお前も、月読に騙されていたのだ」
雪はまだ激しく降り続いて、白い世界を広げていたが、黄昏はもう寒さを感じなくなっていた。