昏い森−黄昏(終章)-2
「あいつは、森の覇者でも無ければ、お前を愛してもいなかった。ただ、贄の妙味を味わいたかっただけの愚か者だ」
黄昏の瞳から一筋、雫が溢れた。
冷たい空気の中で、その雫は頬の上で温かかった。
「…それでも、よかった」
騙されていても、愛されていなくても。
だって。
幸せだったから。
娘が生まれて、孫までもいて。
ずっと月読と寄り添って生きてきた。
贄だとか妖だとかじゃなくて。
月読と過ごせて、幸せだったのだ。
黄昏の思いを感じて、森羅はまた仄暗い感情が湧き上がった。
死してなお、黄昏を縛るかー。
「黄昏はお前を愛さない」
月読の言葉が蘇り、森羅は絶望した。
結局、俺は愛されない。
誰とともにも生きることが出来ない。
「黄昏。どうあろうと、お前は俺の贄だ。…10日後、必ず俺のものにする」
「10日…」
黄昏が茫然と呟くと、目の前にオオカミのすがたは既になく、降り積もった雪の上に、ただ点々と足跡だけを残していた。
それは一直線に森へと続いていた。
ー昏い森へと。