昏い森−黄昏B−-1
それから間もなく、黄昏は子を産んだ。
月読との子だ。
「妖との間にも、子どもができるんだ…」
黄昏が不思議がると、月読は呆れたように言った。
「当然だ。お前たち、贄は妖の血が受け継がれているのだから」
月読は人の姿でいることが多くなり、幼子をあやすその姿は、妖ながらとても美しく黄昏には映った。
月読が、風日と名付けたその子は女児で、ほとんど瓜二つと言っていいほど、黄昏に良く似ていた。
黄昏は贄という定めを背負ったままだったが、贄の何たるかを知らぬまま、平穏で幸せな日々を過ごしていた。
風日はいつしか月読を父と呼ぶようになり、月読が風日の小さな手をひく様などは、何処から見ても普通の父娘だった。
*
気付けば月日は瞬く間に過ぎ、風日は病がちで、黄昏と月読を心配させたが、15歳になっていた。
森羅は黄昏を迎えにはこなかった。
娘の風日は黄昏譲りの黒髪に、表にあまり出ないため白皙の肌に磨きがかかり、薄く光るような美しさだった。
多くの村人は隠れるようにして育った風日を知らなかったが、一人の男が風日を見付けた。
やがて二人は恋に落ちる。
皮肉なことに、その男は黄昏に求婚した、村で一番裕福な家の男の息子だった。
男には妻がいたが、風日はその男との子をひっそりと産むと、役目を果たしたかのように死んでいった。
黄昏に遺されたのは、幼い孫娘だけだった。
身を切られるように辛くて、風日を想うと何時でも涙が出て止まらなかった。
黄昏の溢れる涙を拭うように、月読が一回りも小さくなったような黄昏を抱く。
「…泣くな、小娘」
吐息とともに黄昏の耳朶にかかる月読の声は深い哀しみを湛えていて、その悲愴と同調することで、黄昏は己を慰める。
月読が風日の遺児を暁と名付けた。
願わくば、私たちの暁光とならんことを―。
黄昏はそう願ってやまない。