昏い森−黄昏B−-2
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暁は風日によく似ていたが、きりりとした眼差しは賢そうで月読を思わせた。
村の男との子どもなので、贄の定めを逃れているのではないかと思ったが、暁の瞳の奥に昏い炎が揺れているのを見て、黄昏は落胆した。
この子のために何が出来るだろう―。
森羅はまだ、黄昏のもとには現れない。
暁のつきたての餅のような頬を黄昏が指で優しく撫でると、暁はきゃらきゃらと声を上げて笑った。
月読が束の間忘れさせてくれたが、黄昏はどうあっても贄なのだ。
きっと、この夢のような毎日を捨てて、森羅の伴侶にならねばならないのだろう。
―いずれ。
その日が近いのではないかと、黄昏は薄く予感していた。
*
ある、とても閑かな夜だった。
妖たちの潜む森からは濃密な空気のみが漂い、遠吠え一つ聞こえない。
夜の帳には星々が散りばめられ、その瞬きが聞こえてきそうなほどだ。
5つになった暁は寝入りばなに、外出した月読を探して少しぐずったが、今は可愛らしい寝息をたてて眠っている。
黄昏は、暁の着物を縫っていたが、蝋燭が尽きたのを潮に床についた。
目を瞑り、夜のしじまに耳を澄ませていると、黄昏は次第に眠りに引き込まれていった。
夜半、黄昏が浅い眠りの縁をうろうろしていると、長い腕が黄昏をそっと抱き寄せた。
「・・・月読・・・?」
夢現に黄昏が起きようとすると、長い腕の主に布団へ引き戻された。
「・・・いい。寝てろ、小娘」
大きな手で黄昏の瞳を塞ぐ。潜めた声が常になく優しかったので、黄昏は言われるままに瞳を閉じたが、抗議の言葉は忘れなかった。
「・・・小娘って言わないでよ」
贄のせいか、確かに黄昏は三十路を越えた今も、十代の少女のような姿のままだった。
けれど孫娘まで出来た黄昏の呼び名を月読は改めない。
「・・・名前で呼んで」
憮然とした黄昏の声音に、月読はくすくすと笑って、長く美しい黄昏の黒髪を指で撫でるように梳く。
月読の指先が心地良くて、黄昏はまた眠りに誘われる。
「・・・そうだな。お前とまた会える日が来たら、そのときは名前で呼んでやる」
次第に遠ざかる意識の中で聞こえる月読の声が、漣のように穏やかで。
何処かへ行ってしまうの?という、黄昏の問いは声にはならなかった。
「幾度この魂が転じようと、お前と一緒がいい。・・・・黄昏」
眠りについた愛しき者に、自身の告げられなかった想いを静かに口付けに込めた。