第二話――魔人と聖人と聖女の王国-1
「――私の名はエレナ・V・リンクス。いまは亡きリンクス王の第一王女です」
天頂へと昇りいく朝日の中を薄い紫色の髪をなびかせ、浅黄色のロングドレスを纏った二十歳前の少女が堅牢な関所の石門に向かって告げた。
どういった原理か――間違いなく魔法の類だろうが――その声は反響するように関所内へと拡声し、響いていく。
すると、一分も待たせず、関所のその重厚な石門が開かれ、中から百余名の甲冑姿の衛兵がなだれ出てきた。
そして、声を掛けた紫髪の少女とその背後の五台の二頭立ての幌馬車を取り囲む。
衛兵は各々の武器を地に平行に構え、威嚇した。
「…………。これは……どういった出迎えでしょう?」
「失礼します、姫。この戦乱の世、王族といえど、いえ――他国の王族だからこそこういった警戒は必要なのですよ」
少女のおっとりとした、どこか、状況を分かっていないような疑問も声に衛兵たちの背後から返答があった。
その言葉に合わせるように衛兵の垣根が二つに割れ、その間を二人の銀甲冑の騎士に警護された四十男が歩み出てくる。
早朝の淡い陽光の中でも綺麗な金色だと分かる長髪に、女好きのする顔の男だった。
少女――エレナは穏やかに微笑むと言う。
「あらあら、そうでしたか。それでは仕方ありませんわね。なにせ――」
「なにせ、姫が叩いた関の門は悪しきゴルドキウス帝国へと続いているのですから。重ね重ねの無礼、お許しを。その名の『V』――名乗れますか?」
男の問いには文脈以上の内容が込められている。
リンクス王家、そして、この男の使えるペガスス王国を含む『聖獣八ヶ国』の建国王たちは漏れず聖人聖女と呼ばれていた。
故に、その高貴な名を口にすることは憚られ、通常、頭文字だけが使われる。
もし、理由もなくその名を口にするような不敬者には神罰が下される、とその地に住まう多くの者は信じていた。
だが、男の問いにエレナは間髪入れずに答える。
「ええ。ヴィクトリア――セント・ヴィクトリアの血を確かに受け継いでいますわ」
「……。失礼しました。聖女の名を語らせるなどという浅ましき所業、お許しください。歓迎しますよ、姫……どうぞ、中へ――」
男はサッと腕を掲げると衛兵たちは武器を下ろし、迎え入れるために二列に並んで道を作った。
礼を言い、頭を小さく下げたエレナを先頭に大型馬車五台の一向は関門を潜り抜けた。