第二話――魔人と聖人と聖女の王国-9
主君へ刃を向ける男との距離は三十歩ほど。その間には何十人もの武装した兵士がおり、自分が駆けつけるよりも、エレナ姫を凶刃が襲うほうが断然、速い。
あわよくば助けられたとしても、千以上の兵を相手にしなければならなくなるのだ。
反抗を封じられた親衛隊を見回すと男は続ける。
「――私も、このようなことはしたくなかったのですがね。なにせ、あの『魔人』がペガススの国境を越えたとなれば、致しかたない。私どもペガススはエレナ王女に危害を加えるつもりはありません。が、事情が事情ですので――『魔人』パスク・テュルグレとその部下の引渡しを要求します!あなた方に拒否権はありません!エレナ王女は現在、私どもの手にあることは分かっておいででしょう!?」
「…………。あの姫さんは人質になる才能があるのかね?」
「――ッ!」
ケネスは軽口を叩くも直後にアリスとマデリ−ンに睨まれ、あわてて肩をすくめた。
「冗談だって……お〜。こわっ」
「………………」
「んなに睨むなって。眉間にシワがよるぜ?――で?どうする?パスクを引き渡すか?」
「っ……そ、んなことは――」
「じゃあ、どうする?難しい決断を強いられているのはアンタだけだぜ、アリス・バハムント。『主君』と『恋人』を天秤にかけるのは、な」
「…………」
ケネスの言葉にアリスはうつむいた。
――確かにそうである。
自分以外の親衛隊にとってパスクは元『敵国の兵』だ、多少の思い入れはあっても主君と比べるまでもない。
だが、自分は違う。二人共、かけがえのない存在だ。
どちらか一方などと――選べるわけがない!