第二話――魔人と聖人と聖女の王国-28
「――これをやったのがゴルドキウスの『死神』」
ペガスス国境へ向かう道すがらの休憩中、アリスはパスクが傷の詳細について話したときにその名を聞いていた。
ジーンたち『陸の波濤』魔導騎士団やマデリーンを代表する親衛隊の一部の者はその名を耳にした瞬間に表情を硬くしたのを覚えている。
聞けば、『魔人』と肩を並べるゴルドキウス帝国魔導隊のホープらしい。
そして、戦果だけで言えば『魔人』パスクをも凌いでいるのだそうだ。
なにせ、『死神』が得意とする任務は暗殺だという。
大陸中でしのぎを削る強国大国の大貴族や名のある騎士を水面下で屠ってきたらしい。
――よくも、まぁ……パスクが無事でよかった。
アリスは何度目になるだろう安堵をそっと漏らした。
「ええ。正直、帝国軍の中でも最もやり合いたくない方の一人だったのですがねェ?」
「間違いないのか?その、『死神』とやらは今はもう、皇帝の近衛なのだろう?なぜ、あんな辺境に――」
「間違いないです。現在、閣下――ビルヒッドU世はリンクスにいましたからね。帝都に比べればよっぽど近いですし、きっとデュッセル将軍が事前に皇帝宛てに文を出していた、ってところでしょう。それに、彼女には何度か会ったことがありますし、見間違えませんよ」
「そうか…………ん?ちょっと、待て――彼女?」
「はい?……ええ、彼女」
「待てっ、待て待て待て――『死神』は女なのかっ!?」
「ええ。魔導学院では卒業年は私の二つ上でしたよ。歳は私の方が一つ若かったでしょうか?……あれ?言っていませんでしたっけ?」
「聞いてない!そんな……女一人に大陸中の大国が寝首をかかれていたなんて……」
アリスは背中に嫌な汗をかいた。
リンクスの王城にも女性は何人もいたが――自分が素性を知っている者はほんの僅かだ。
もしかしたら、すれ違ったことがあるかもしれない。
自分の知っている者――そう、エレナ姫や父上、隊長なんかが狙われていたかもしれないのだ。
『死神』と聞いて、勝手に長身痩躯の色白、大きな処刑鎌を背負った男を想像していたアリスは困惑していた。
そんな『聖騎士』へ『魔人』は笑って言う。