第二話――魔人と聖人と聖女の王国-2
「………………ふぅ」
ほっ、とアリスは安堵の溜息を吐いた。
そして、隣で自分に半ば体重を預けてウツラウツラと櫓を漕ぐ愛しき男――パスクへと目を送る。
サラサラと流れるような銀髪を後頭部で纏めた端整な寝顔だ。
しかし、その右腹部には未だ予断の許されない深い傷を負っていた。
昨日の夕方、アムシエル砦から脱出後、再開した時にはすでに負っていた傷だ。
内臓こそ傷付いていなかったから良かったものの、一歩間違えば致命傷に成りえたほどの重体である。
昨晩は熱が出て、大変であった。
なにせ、パスクは熱が出ているにもかかわらず、平然と過ごしているのだ。
アリスが深夜頃に「おや?」と思わなければ、今だって素知らぬ顔で過ごしていただろう。
――まったく、魔導師のくせにタフで、向こう見ず過ぎる。
少しは、頼ってくれても良いのだ。
そりゃあ、『魔人』とまで呼ばれ、この地上界と魔界とを繋ぐ『門』を開くことすらできる高位の魔導師からすれば、半分、コネで『聖騎士』の称号を得ただけの自分では実に頼りないかもしれないが……。
アリスは小さく頬を膨らませるとそっとパスクの頬を撫でた。
すると、「う、うぅん……」と唸り、パスクは薄っすらと瞼を開ける。
「あっ――すまない。起こしてしまったか?」
「いえ……それより、私は寝てしまったのですか?」
パスクはキョロキョロと視線を辺りに巡らせるが、幌馬車のため、外の様子を知ることは適わなかった。
そんなパスクの様子が可笑しく、クスリ、と微笑むとアリスは教えてやる。