第二話――魔人と聖人と聖女の王国-10
アリスはとっさにマデリーンに視線を送った。
上司は難しそうな表情で返してくる。
きっと、自分も似たような顔をしていることだろう。
アリスは時を永遠にも感じるほどの逡巡を行った。
しかし、いくら経っても結論は出ない。
――いや、出るわけがない。
アリスが苦しそうに再び、エレナへと視界を向けた時、新たなる声が闖入してきた。
それはいま、アリスが最も聞きたくない声で、聞きたくない内容だった。
「――私が出頭すれば、いいのでしょう?」
「パスクっ!きみはなにを考えて――」
アリスがさっきまで乗っていた馬車の方を見ると立っているのもやっとだろうに、パスクが御車台に身体を預けるようにして立っていた。
エレナを人質に取る男と視線が交錯する。
「ほう?貴方が、パスク・テュレグレ?『魔人』と字されるには、少々、華奢ですが――しかし、その存在感は……ふむ、本物でしょう。それに、偽者だとしてもすぐに分かる」
「私が……この条件下で貴方に嘘をついて得があると?」
「ふむ、なるほど……それも一理。それに、さすがに怪我人を偽者に仕立てるようなことはすまい」
「お分かりいただけたようで――それで?私がこのように出てきたのですから、姫からその刃を離しなさい」
パスクが覇気のこもった眼差しを男へと向ける。
男の護衛だろう、数人の騎士が――パスクとかなりの距離が在るにもかかわらず――剣を構えたことでもその双眸の凄みが窺えた。
男も、ウッ、と一瞬だけだが怯んだ。
だが、すぐさま、取り繕うかのように微笑を浮かべると続ける。