昏い森ー黄昏A-1
「お前、村の男と結婚するのか」
木洩れ日が、繁った木々の厚い層の隙間を縫って地面に斑の模様を作っている昼間。
黄昏は東にある湖に向かって森の中を歩いていた。
梟は夜行性のはずなのに、光の中を意に介した風もなく、月読は飛んできた。
白い羽が枝に止まると、雪が積もっているようだなと黄昏は思う。
黄昏は笑った。
「するはずないよ。あたしは贄だよ。村でも邪な血をひく娘って、そりゃあ恐れられてるのに。…結婚なんか出来るはずないでしょ」
樹上の梟は黙したままだった。
「…ねぇ。あたしは、誰の伴侶になるの」
黄昏は16歳を迎えたが、最近では月読以外の妖とは接触していなかった。
贄は、森の覇者の伴侶となり、生涯を共にする。
そして、贄が死んだ後、妖は贄を喰い、極上の妙味を味わうのだ。
…月読じゃないの?
月読の伴侶になら、なってもいい。
願うような黄昏の想いを裏切って、梟は言う。
「…今のままでいけば、森羅だな」
「…しんら?」
月読の言葉は、凶器となって黄昏の胸を抉る。
穿たれた穴から寒々とした冷たい風が吹き付けて、黄昏を凍えさせた。
「銀狼だ。この前、今までの覇者を屠った」
「そう。…じゃあ、その森羅があたしを迎えにくるのね?」
いつも饒舌に皮肉や嫌味を黄昏に吐くくせに、今日の梟は無口で今も黙して黄昏の問いには答えなかった。
確かに、村で黄昏を妻にと望んだ男はいた。
けれど、男は村の中でも権力のある代々裕福な家の者で、男の親族が村では、異端とされている黄昏と結婚を許すはずがなかった。
それに。
黄昏は“愛しい”がどんな気持ちか知ってしまっていたし、その言葉で思い浮かぶ人物も、すでにいた。
男は熱心だったが、それでも黄昏の心を動かすことはできなかった。