昏い森ー黄昏A-2
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繁った木々の間からは幾千の瞬きも朧気で。昼間とは打って変わって、禍々しい生き物たちの息遣いが、密やかに聞こえてくる。
薄のように柔らかで、月の光で紡いだ糸のように見事な輝きを放つ銀色の狼が夜の帳を切るように駆ける。
森が終わるその先には狼が目指す人家があった。
だが、その家の傍の大きな椚に白い梟が置物のように静かにとまっているのを見て、狼は辟易した。
「月読。今日こそ贄の娘を貰っていく」
もう幾度、この老獪な妖に贄との接触を阻まれただろう。
梟は少し首を傾げて言った。
「帰れよ、森羅。あの娘はお前には靡かない」
梟の傲慢な言葉に、のってはいけないと思いつつ、狼は口に出していた。
「・・・お前だったら靡くのかよ?」
「まあ・・・そうだな」
当然のように答える梟は余裕たっぷりに狼を見下ろす。
「・・・だけど、残念だな。贄は俺のものだ。いくらお前が賢かろうが、娘に好かれ
ていようが、関係ない」
こちらも皮肉たっぷりに応戦したつもりだったが、梟はどこ吹く風だった。
「俺がいないと、あいつは泣くだろう。お前じゃ、役不足だね」
樹上で梟が笑う。
どこまでも不適で傲慢。
森羅が低く、威嚇するように唸る。
ざあっと一陣の風が強く吹いて、森の端の不穏な空気を助長する。
「・・・もう待てないぞ。贄は俺のものだ。邪魔するようなら、月読、お前も殺す」
娘が泣こうが喚こうが、関係ない。森羅は伴侶が欲しかった。ともに生きる、半身が得られるのであれば、なんだってする。
そのために、妖の頂点に立ったのだ。
「まあ、待て。今、娘と契っても益はないぞ。あの娘はまだ女になっていないからな」
思いがけない梟の言葉に、森羅は虚を衝かれた。
「・・・女になっていない?」
「そうだ。夫婦になるにはあと2年待て」
森羅は絶句した。
「・・・何でだ。・・・嫌だ。待てない」
二人の間でどのような攻防があったかは定かではない。
だけれど、結局、森羅が黄昏を迎えにきたのは、もっとずっと後のことだった。