俺のすべてが朱に染まる-5
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その日の夜、男の家の前に一台のパトカーがやってくる。
不審な物音、声に近隣の住民が通報をしたのだ。
「警部。お疲れ様です」
新米の警官が、たった今ついたばかりの警部に敬礼をする。
「いったいなにがあったんだ? 容疑者は?」
「それが、部屋に引きこもっておりまして、ドアを開けようにも難しく」
「そんなもん蹴破れ。ただの引きこもりが暴れているだけだろうが。こっちは迷子の捜索もあるっていうのに……」
うんざりといった様子で頭をかく警部。すると新米警官は眉を顰めて小声になる。
「はい、それなんですが、どうも小さな子の声がしたとかいうんです。この家には引きこもりの男とその母親しかいないので、どうも怪しくて……」
「ばか、それを早く言えよ」
警部は新米警官をかわして家へと飛び込む。靴も脱がずに非常識な男だが、今はれっきとした非常事態……。
「あけてくれませんか! 警察です。ちょっとお伺いしたいことがありまして!」
ドアを叩くが開く様子はない。だが、中に誰かがいるのはわかる。
「くそ、しょうがない」
警部は扉を蹴り飛ばしたあと、ドアノブを見る。プラスドライバーを手にドアノブを解体しだす。
数分後、外れたドアノブから鍵を外し、ドアを開けることに成功した警部は、部屋に踏み入る。
「ぐっ……」
薄暗い部屋はむわっとした空気と、ザーメンの臭いが充満して降り、警部も一瞬怯んでしまう。
「なんだこの部屋は……」
ゴミをまとめた袋が散乱する部屋は、足の踏み場もない。
明かりをつけようにもスイッチは反応しない。懐中電灯で照らすと、そこには人形にしてはおおきな物が浮かび上がる。
「おい、マジかよ……。ビンゴもビンゴ、大当たりだ……」
倒れていたのは失踪した子の雰囲気に合致する子。脈を取るまでもなく、その冷たい身体に苦虫を噛み潰す警部。
「くそったれ……。最悪の解決だな……」
舌打ちする警部の背後で何かが動く。次の瞬間、巨体というべきか、肥満体が押入れのふすまを破って飛び掛ってきた。
「ぐ! なんだお前!」
「ぐああああ、ぐおおおおお!!!」
奇声を上げながら突進してくるものの、足場をゴミのとられているらしく、目前ですべる。警部は不審者が勝手に倒れたことに一瞬呆然としてしまったが、すぐさま背中に倒れこみ、腕を捻り上げる。
物音にやってきた新米警官から手錠を受け取り、自由を奪う。そして時計を見る。
「午後十一時五十八分、緊急逮捕!」
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男を捕縛して数分後、護送用のパトカーが到着する。
誘拐事件の重要参考人として緊急逮捕された男は新たにやってきた警官二人に両脇を抱えられ、連行された。その背後では力なくうなだれる母の姿が見えたが、心なしか安堵しているようにも見える。
おおとり物を演じた警部は捕縛の際、足首を無意識のうちに捻っていたらしく、新米警官の車に乗せられ、先に病院へと行くこととなった。
警部は後で良いと言ったのだが、事件は九割九部解決していることもあり、押し切られた。