龍之介・伍-1
<2005年11月・・・葵20歳・龍之介19歳>
最初に姉さんの家に来た時よりも、肌を撫でつける風は寒く感じる様になった。
街を歩く人もみんな着込んでいてすっかり秋も深まってきたな、と柄にもなく思う。
「寒いね〜」
俺の手をしっかりと握りながら体を寄せ付けてくる姉さん。
白黒の細かいチェックのコートを着て、下はピンクの膝までのスカートを履いていた。
「あんまりくっつくなよ。姉さん・・・」
「外ではそう呼ばない約束でしょう、龍くん。なんて呼ぶの」
見上げる目で俺におねだりをしてくる姉さん。名前で呼べ、と訴えてるみたいだ。
そんな約束はした覚えが無いし、一方的に言ってるだけだから放っておけばいい。
でも、歩くのを止めてじっと凝視してくる。俺が名前で呼ぶまで動かないつもりだろう。
「・・・あ、おい」
根負けしたのは俺の方だった。
こういうのはいつも姉さんが勝つ、というか俺が譲ってしまう。
「なんで突っ掛かったの。もう一回ちゃんと呼びなさい」
「母音ばかりで言いづらいんだよ、もういいだろ?」
ずっと姉さんと呼んできたものをいきなり名前なんて、そんなの無理だよ。
「ちゃんと呼ぶまで動かないからね。もう一回言いなさい」
「我儘を言うな。さっさと行くぞ」
しつこく食い下がる姉さんを肩で一喝し、デパートの中に入る。
エスカレーターに乗ったら手を握ってきた。まったく、何でそう俺とくっつきたがるんだか。
まさか調理器具を一緒に買いに行くなんて、ほんの2ヶ月前には想像も出来なかった。
いや、それ以前に姉さんのアパートに転がり込む事すら考えてなかった。
「刺身包丁、あと肉切り包丁も買っとこ」
「一本で十分だよ。それに魚捌けるのか?」
「これから練習する。取り敢えずあればもしもの時に困らないでしょ」
いい加減だな。それが無駄遣いに繋がるんだぜ。
取り敢えず買っておくっていうのが姉さんの悪いくせだな。
「俎板もあるよ。見て見て、色々大きさがある。一通り揃えとこうよ」
「だから買っても使わなきゃ意味ないだろ。この小さいのお子様用じゃねえか、使うのかよこんなの」
「龍くん・・・つまんない。あれはダメこれもいけない、何でもダメばっか」
ぷぅーと頬を膨らませて拗ねる姉さんは、来年の今頃は就活の真っ只中だとは思えなかった。
普通にしてれば大人っぽく見え無くも無いのに、中身は小学生のままなのか。
あちこち寄り道したせいで帰る頃にはすっかり日が暮れていた。