枯れ落ちる葉、朱に染まる紅葉-62
調理場へ戻った二人は、途中夏雄に会うも、そのただならぬ雰囲気からか、「もう直ぐ昼飯だろ? 智之呼んでくる」と体育館へといってしまう。
「何があったんだ?」
開口一番、武彦は疑問を口にする。
「何もないよ」
まさに夏雄の思惑通りの様子の武彦に、さつきは落胆を隠せない。
「けど、なんでさつき、泣きそうだったじゃないか……」
「泣いてないもん」
もし泣きそうだとしても、それは性行為のとき、快感に煽られて流れたものだろう。それを推測しろというのは無茶なことだ。
「いや、泣いてないけど、泣きそうだったじゃないか」
「ちょっと、話してたの。ただそれだけだってば」
「その話を聞かせてくれないのか?」
人数分の皿を持ち出し、ごはんをよそる。
それを話したとして、彼は信じるのだろうか? というか、彼こそ話すべきことがあるはずなのに、尻尾をつかませていないというだけで白をきる彼が非常に不誠実に思えた。
「別に、ただ、その……だって……」
途切れ途切れの声はやがて曇り、さつきは腕で顔を擦る。
「ごめん、本当になんでもないんだってば……」
「さつき……すまん」
涙声になったところで武彦は自分の愚かさに気付き、慌てて彼女を後ろから抱きとめる。
あまりにも滑稽な武彦に、さつきは笑いを堪えるのに必死だった。
「んーん、いいの。だって、疑われるようなことになったんだし、それは武彦のせいじゃないよ。けど、今は訳わかんないから、後で話す。だから、ごめんね」
「ああ、それでいいよ……」
いつになく弱気な彼女を強く抱きしめる武彦。その腕に彼女の涙がポツリとおちた。
「おーい、カレーの準備は〜」
そこへ現れたのは紀一の能天気な声。だが、彼もそのただならぬ雰囲気に圧されてか、二の句が継げない。
「あ、あぁ〜、これはお邪魔だったか……」
「お、いや、ちがうんだ。ただ、ちょっと、さ、別にな、さつき」
「う、うん。ちょっと手伝ってもらっただけだから……。そうそう、もうカレーも温まったし、湯川君も盛り付け手伝って」
ぱっと離れる二人だが、紀一はにやにやしながらごはんをよそりはじめる。
「まあいいけどさ、あんまりみせつけてくれんなよ?」
「悪かったな」
武彦はカレーなべを運ぶと、並べられた皿にルーをかけると、さつきも顔を真っ赤にさせながら、福神漬けをそえ始めた。
**――**
部員達が体育館へ移動している間、さつきは一人バンガローへと走っていた。
手には霧吹きとバケツを持っており、表情は暗い。
食後、夏雄に克也との一件を話すと、彼はしめたとばかりに喜んでいた。そして新たな指令を出してきた。
良子の寝る予定のベッドを前にして、さつきはバケツの水をぶちまける。
そして、ロフトに上ると、今度はその真上に霧吹きで水を吹きかける。丹念に何度も書けると、そのうちに黒くシミになっていく。
十分濡れたところで、部屋を出る。続いて向かったのは武彦たちのバンガロー。武彦の荷物が近くにあるベッドに向かって水をぶちまけると、同じように天井を濡らす。
夏雄の目的は簡単。良子と武彦をバンガローから追い出し、夜、二人の泊まるであろう部屋を覗きに行くこと。
もし二人がそこで行為に及ぶようなら全員を叩き起こし、二人の関係を白日に晒すこと。
くだらないことと思いつつ、もし武彦が誘惑に負けるようならそのまま切ってしまおうと、さつきは従ったのだ。
これから先、武彦が自分を守ってくれるのか、付き合うに値するのか? それを確かめるためだった。