枯れ落ちる葉、朱に染まる紅葉-61
「ああ、それならむしろいいんだが……。いや、もともと関係ないか……」
「いったいなにがしたいんです? 船岡先輩」
「ああ、老婆心ってやつだな。大きなお世話かもしれないが、三谷には気をつけたほうがいいってことだ」
「先輩、三谷先輩になんかあるみたいですけど、何かあったんですか?」
「ああ、ちょっと前にな……」
「話してくださいよ。なんか言いかけてやめられると気になりますし」
「まあつまらないことだ。その、三谷というか、竹川も関係してて……」
「良子先輩が? 先輩がなにを……」
キャスティングが被る。夏雄はともかくとして、良子まで。
「先輩、教えてくださ。何があったんですか……」
「ああ、そのなんだ、少し前、俺は良子と付き合っていて、だけど、アイツ酒が好きだろ? それで、三谷とちょくちょく飲んでたのさ。まあ、あとはそのなんだ……、俺が嫉妬していくうちに、別れたのさ……」
「そうなんですか……」
簡略化されたてん末を聞きつつ、さつきは困惑していた。おおよそ夏雄が良子と浮気をしたのだろうと想像できる。もしかしたら今回の一連のことも……?
夏雄が良子と画策して、二人を別れさせ、さらには肉体関係を?
そこには不確定な様子が多い。ただ、真実は自分がレイプされ、それをもとに脅迫されているということと、武彦が良子と浮気をしたということぐらい。
「ねぇ、どんな感じなんですか? 今の子の勉強って……」
深く考えたところでもう意味がない。今自分がすべきことは夏雄の機嫌を損なわず、脅迫写真を削除させること。そのためには……。
「おい、勝手に触るなって……、個人情報なんだから……」
答案の束をとり、それを眺めるさつき。中高生の教科に興味などないが、克也に手を出してもらう必要がある。
開いた窓のほうへと歩き、わざと濡れかねないように手を伸ばす。さすがに克也も看過できないと思ったのか、やってくる。
「ふざけないでくれよ。答案が滲んだらさすがに困るんだって……」
その様子は困った生徒に対するものだろう。まるで子供扱いにさつきはむっとしてしまう。
「いいじゃないですか、少しくらい見せてくださいよ」
答案の束をとられまいとさらに腕を伸ばすさつき。克也はそれを取り返そうと、彼女の腕を掴む。
しかし、押し返そうとする手が克也のシャツ、ボタンに触れる。
「おいおい、暴れないでくれよ。危ないじゃないか……」
「ん、だから……、やめ、やめて……くださ……い」
いきなりのさつきの嬌声に、克也は目を丸くする。だが、直ぐに冷静になって答案を取り返すことに成功する。その瞬間、ボタンが外れてしまい、ころころと転がる。
「さつき! 居るんだろ? おい、開けてくれよ!」
すると今度はドアを叩く音と武彦の声。驚きつつも克也は答案をしまいこむ。
「た、武彦!? あ、ちょっと待って……」
打ち合わせどおりやってきた武彦。さつきはドアに向かう前に、克也に隠れて服を乱す。
「鍵、壊れてるのか?」
なかなか入ってこない武彦をいぶかしむ克也は声をかける。すると、こんどはドアを蹴る音が返ってくる。
「お、おい、三島、止めろよ。壊れたらどうするんだ!」
「武彦、落ち着いてよ。何も無いから……」
さつきは短絡的な武彦の行動にため息をつきつつ、鍵を外す。そこには髪を少しぬらした武彦がいた。
「さつき、ここにいたのか。心配したんだぞ」
安堵からか、武彦はさつきに歩み寄り、そのまま抱きつく。
「ちょっと、武彦ってば……、先輩も居るのに……」
いきなりの行動にさつきはやんわりと彼を押し返す。彼女はずれた肩紐を直すと、胸元を二度三度手で撫でていた。
「そんなに慌てて何かあったのか?」
恋人同士の再会が終ったのを見計らい、克也が声をかける。
「ここで何をしていたんですか?」
「何って? どういう意味だ?」
「ごまかさないでください。鍵まで閉めて、いったいなんなんですか!」
「いや、鍵を閉めた覚えはないし、特に真柴と何かしていたわけじゃないさ。三島の考え過ぎだ」
克也はやれやれといった様子で襟元を直す。
「船岡先輩!」
業を煮やした武彦は声を荒げるが、それを諌めるのはさつきの温かい手。
「武彦、大丈夫だよ。先輩とは何もないから、だから、もう行こう、ね?」
「だけど、さっき!」
「ね、ほらお昼の準備あるし、手伝ってよ」
これ以上克也を詰問されてはボロが出る。夏雄の計画だと、克也に対して疑心暗鬼を起こさせるのが目的だ。だから、うやむやのままに終らせるべきだろう。
「……ああ」
武彦は彼女の手を握ると、レクリエーションルームを出る。