枯れ落ちる葉、朱に染まる紅葉-57
「いや、別に……すまん。なんか変だな。最近の俺は……」
「あ、べつにそういう意味じゃ……。ほら、もう謝るのはおしまいね。ね?」
武彦が見上げるのにあわせ、優しい笑顔で微笑むさつき。
「わはは、まぁ三島がやきもち焼きたくなるのもわかるぞ。さつきちゃんは綺麗だし、一人で歩いてたら声かけてくる奴もいるだろうしな」
「もう、からかわないでください!」
夏雄のとりなしにさつきは真っ赤になって言い返す。
「ああ、なんかちょっと頭冷やしてくる。そんじゃ、失礼します……」
最後にいたたまれない気持ちになった武彦は、過去問をリュックにしまうと、夏雄に一礼して立ち上がる。
「え、もう帰るの? それじゃああたしも帰ろっかな」
さつきは夏雄と武彦を交互に見ると、佇まいを治す。
「そうだな。わざわざやきもちのネタを増やす必要もないしな」
「そんなこと……ないっすよ」
そうは言いつつ、さつきと一緒に帰ることができるのならそのほうが良い。彼女は鞄を手に取ると武彦の隣に並んで夏雄にお辞儀する。
「それじゃあ、また今度」
「失礼します」
「はい、お疲れさん」
夏雄はお茶を飲みながら、部屋の隅から雑誌を取り出し、暇つぶしを始める。
さつきはというとしきりに時計を確認するが、無常にも試験の終わりを告げるチャイムが鳴り響いたのだった……。
**――**
八月の第一週、月曜日の深夜、大城大学アウトドアスポーツサークルの面々が集まっていた。
合宿に先立ち、さつきは夏雄とともにある計画を立てていた。それはあまりに非常識であり、かつ興奮する内容であり、若気の至りというべきものだった。
「ねぇ、武彦……」
武彦が荷物を積み込んでいるのをみつけ、さつきは小声で話しかける。その眉間に皺がよっており、言いにくそうにある人を見つめるのを忘れない。
「ん? なに、さつき」
「船岡先輩……、なんか付きまとってきてこまるんだけど、なんとかならない?」
視線の先には克也の姿がある。彼は三年の部員と何か話しているようだが、車に乗るそぶりがない。
前期試験の頃、都合よくさつきと武彦の共通の敵という認識を抱かれた彼を利用しない手はない。
「わかった。それじゃあ船岡先輩には俺の車のほうに乗ってもらうから、さつきは紀一の方に乗ってくれ」
「そう? わかった、そうする」
さつきは克也に呼びかける武彦を尻目に、紀一のいる車へと移動する。隣には当然、夏雄の姿があるわけで……。
**――**
合宿場、鬼瓦スポーツセンターへつくと同時に運転手達は長旅の苦労もあってか早々にバンガローへと移動していく。
これからの予定はまず朝食の用意。それからオリエンテーリングの予定だ。
朝食は先に用意していたサンドイッチを割り当てる程度。眠そうにしている部員たちにお茶とセットで渡して完了だ。
ただ、西の空を覆う暗雲は徐々に頭上へと伸びてきており、朝食を食べ終わり片付けるころにはぽつぽつと降り始めていた……。
急遽体育館の利用を交渉しにいく智之を見送り、さつきは夏雄の傍へと行く。
表向きは頼りになる先輩に助言を求めるものだが、本当は……。
「さつきちゃん、ちょっと耳かして」
「……はい」
内緒話をする二人に気をつけるものは居ない。さつきは彼の提案に小さく頷くと、智之を追って建物へと急いだ。