枯れ落ちる葉、朱に染まる紅葉-56
「そんなことできるんですか?」
「ん? まぁ、OBの力を借りるんだけどな……」
「はは……」
こともなげに言うが、それはかなりの荒業であり、武彦としてはありがたい半分、恐ろしさ半分といったところだ。
「えと、確かこれだな。うん。まぁ、追試にはなるけど、がんばれ」
夏雄は折りたたまれた過去問を手渡すと「俺を信じろ」と再度胸を叩く。
「じゃあ、まぁ……」
武彦も素直に受け取ると、鞄にしまう。
「えと、さつきは何しに来たの? テスト無いよね?」
勘のよい武彦に内心舌を打ちながら、さつきはさり気なく話題をそらそうとする。
「あたし? あたしはただ……何しにっていうか、その……お昼食べて、そんで、ちょっとコンビニ行って……先輩と会って……あ、お茶飲む?」
先ほど買いにいったものは愛し合ったあとにいただくつもりだったもの。
「お、ありがと。なんか喉渇いていたし……」
武彦は袋を受け取ると、戸棚から年季の入ったコップを三つ取り出し、テーブルに並べる。
「やっぱ夏は麦茶だよな〜」
袋を乱暴にさかさまにされるのは気が気でない。いくら武彦でもコンドームの箱ぐらい気付くだろう
「何だこれ?」
「やだ!」
武彦がそれを手に取ろうとしたとき、さつきは寸でのところでそれを奪い取る。
「そんなに大声だすなよ……、心臓に悪いなあ……」
「だって、いきなり床に出さないでよ。食べるものなんだし……」
袋を庇うように抱く彼女はふーと鼻息を荒げていた。彼の間抜けな面から察するに、おそらく気付いていない。
「そんな、確かに部室は汚いけど、袋に詰まってるんだし、大丈夫だって……」
武彦が手を伸ばすが、彼女はその手を払いのけるかのようにする。
「なんだよ。少しぐらいくれたっていいだろ? 代金だって払うよ……」
なんとしても死守せねばならない彼女の反応に、武彦はしばしむっとしてしまう。
「あ、その……、えと……」
さつきはしどろもどろになりながら、夏雄のほうをちらりと見る。
「いや、まぁ、なんだ……その、武彦は女の子の日って知ってるか?」
「女の子の日? ひな祭りですか?」
「バカ! 一ヶ月に一回あるの!」
夏雄のフォローに顔を真っ赤にさせながらもあわせるさつき。本当のところ、一ヶ月に一回どころではなく、毎日でもしたいぐらいの生理現象なのだが。
「ああ、でも、ナプキンって……」
「タンポンってのもあるの!」
「……ご、ごめん。悪かった。いや、全然気付かなかったよ……」
彼の女性生理現象への知識の無さが幸いしてか、なんとかごまかせる。
「もう、これだからデリカシーの無い男は……」
「いや、ほんと気付きませんでした」
おでこを擦りつけ、何度も「ごめんなさい」を繰り返す武彦に、さつきもようやく「次から気をつけて」ととりなす。
「まぁま、そういうことも長く生きてれば何度かあるさ。ほら、武彦、お茶いれて」
「あ、はい……」
気を取り直してお茶を注ぐと、さつきも袋からいくつかお菓子を取り出し、テーブルに並べる。
「まあなんだ、おやつの時間には早いけど……」
三人は「いただきます」と言うと、ぼりぼりと始める。
「んで、さつきなんでいるの?」
再び始まる武彦の質問に、さつきはふうとため息を漏らす。
「あたしがここにいたら問題? あたしだってここの部員なんだし、訳もなくいたっていいでしょ? それとも、あたしがここに来るときは武彦に必ず断りを入れないといけないの?」
酔った勢いで浮気をするこの男は信用できない。だが、夏雄と比べるのなら、まだ彼のほうがまし。このままうやむやなまま時間を過ごせば、悪夢のような快楽におぼれることもない。