枯れ落ちる葉、朱に染まる紅葉-47
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「ちわーっす。過去問もらいに来ました……」
威勢よくドアが開くと、そこには武彦がいた。
「おお、よく来たな。まあ座れよ」
「あ、ああ……」
紀一は彼の前に過去問を投げ仕分けするように顎で指示する。
「おぉ、これが……」
武彦もしげしげと見つめたあと、仕分け始める。
だが、なぜか、さつきのほうを見ようとはしなかった……。
ひたすらに過去問題を仕分け、部員の数だけ綴じ直す。黙々と淡々とした作業なのだが、空気が重い。
最初紀一がさつきの隣に座っていたが、気を利かせたのかわざわざ移動してくれる。昨日のことを考えれば確かにそうなのだが、居酒屋でのひと悶着と、もう一つの案件のせいで、さつきはどうしても武彦の顔が見られない。さらにはすむかいには、相手である夏雄もちゃっかり居るのだ。
「なんだ? ケンカでもしたの?」
先ほどから一言も口を利かないカップルに水を向ける夏雄。淡々とした作業に飽きてきたのか、その手を止めてペットボトルを呷る。
「……それを先輩が言いますか?」
さつきの非難めいた言葉に頭を掻く夏雄。
「いやまぁ、昨日のことは俺も調子に乗りすぎたわけだし、酔ってのことだから大目に見てよ……」
拝む倒す夏雄はいつもの調子の良い先輩。だが、酔った勢いでさつきは……。
「はは、まあ、俺も知らなかったぐらいだし、しょうがないっすよ」
講義の兼ね合いでよく一緒にいる紀一のフォローに夏雄は「そうだぞ。悪いことしてるんじゃないし、隠すなよ」と開き直る始末。さつきとしては「はぁ、そうっすね」と愛想笑いを返している姿がなんとも歯がゆく、苦い顔になる。
「あ〜、で、さつきちゃんは仕事遅れなかった?」
「え? ああ、その、服が汚れちゃってて、結局バイト代わってもらいました……」
しょんぼりした様子で「また洗濯しないと」と呟くさつき。あのシミはとれるのだろうか心配になる。
「そうなんだ。まぁ、気を落すなよ」
ようやく明るく声を聞けたが、トイレでの性交を思い出し、再び気持ちが沈む。
「良子先輩はどうでした? こいつに何かヘンなことされてませんよね?」
「え!?」
紀一は笑いながらそう言うが、一瞬にして場が凍る。
「いや、そんな深い意味はないでしょ。冗談だって、冗談。つか、ただ送っただけでしょ?」
間違いを引き当てたと感じた紀一は慌てて弁解するが、武彦の驚きの声が暗雲を呼び込む。
「そういや良子、お前レポート……」
「ああそうだ。ねぇ武彦君、もって来てくれた?」
「ああ、はい、えっと、鞄にっと……」
汚れないように締まっておいたA4のレポートを取り出し、良子に渡す武彦。
――え!?
「ありがと。なんか篠塚ったら今日中に出さないと単位取り消しとか喚いてさ、助かったよ……」
「はぁ……、まぁ……」
そして、再び凍りつく部室。
「ん? どうかしたの?」
夏雄は名前の通り常夏のテンションで一同を見るが、武彦は引きつっており、紀一は額に手を当てている。良子はレポートを確かめているが、何故彼女のレポートを武彦がもっているのか?
「いや、まぁ、なんだ……、先輩、昨日はすごく酔ってたんですよね……。だからだよな……」
「別に? 昨日も帰ってから家で少し飲んだよ」
いまさらといえるフォローを始める紀一だが、良子はあっけなく打ち落とす。
さらに言えば、武彦の恰好。昨日別れたときと同じ服装であり、襟元にのみこぼしらしき跡が見える。それはつまり、彼が家に帰っていない可能性を示すが、重要なのは、どこで一夜を過ごしたのか? その一点。
――武彦、もしかして、嘘、そんなこと!
頭では否定しようにも、いくつかの状況証拠。それとは別に、後ろめたさからくる、相手の落ち度を探したいという気持ち。
「すみません、ちょっと気分悪いんで、先に帰ります……」
複雑に絡み合った思考のもと、さつきは逃亡を選んだ。
「あ、おい、さつき……」
「ごめん、用があるならメールでして……」
さつきはすくっと立ち上がると、荷物を片手に部室を出る。
こんなところには一秒たりともいたくない。そう思って……。