第一話 ―― 魔人と魔獣と魔導騎士-35
「そ、その人は……馬車の世話をしていたっ――」
そう、移送用の馬車の手入をしていた男だった。
しかし、樵の着るような蔦色のシャツに革のベストはそのままだったが、あの時には曲げられていた背はピンッと伸ばされ、顔からも別人のような覇気を感じる。
そして、明らかにパスクの身内――味方という意味だ、当然――であった。
「ええ。彼はまぁ……私の私兵?」
「はっ――俺が、私兵って柄かよ。云うならば、密偵とでも言ってくんな。凄腕も忘れずに、な」
パスクの台詞に男は見た目よりもうんと若い、艶のある声で言った。
「ええ。じゃあ――それで。まぁ、そういうことですので……アリスさんたちも誤解を解いて下さると嬉しいです」
「ど、どういうことだ?」
アリスは眉を潜めて聞き返した。
――パスクの登場からこっち、まったくの意味不明だった。
するとその男(自称、凄腕の密偵)がイライラと声を張って答える。
「だぁかぁらぁよぉ〜!俺が全員、退避させていたってわけよ。あの砦の平民は一人残らず、安全な場所までな」
「なっ――」
アリスは驚き、そしてあわててパスクへと目を向けた。
「んなのに、恋人に信じてもらえないなんて……この人、かわいそ過ぎるぜ」
「ケネス。アリスさんを虐めないでください」
アリスの表情が曇った瞬間にパスクは男――ケネスという名らしいが、自称密偵だ。信用はできない――をにらむと言った。